西村修平・街宣名誉毀損裁判:東京地裁判決(平成22年4月28日判決言渡)後編


第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(名誉毀損性)について
(1)本件演説部分について
 本件演説部分は、これと一体をなすその余の部分、とりわけ創価学会がオウム真理教に比類する巨大なカルト集団であり、亡明代の謀殺事件に関わっていると断定的に主張する部分及び前後の文脈等の事情を総合的に考慮し、一般の聴衆の普通の注意と受け取り方を基準として判断すると、亡明代は、自殺したのではなく、計画的に殺害されたと断定的に主張した上、東村山署副署長であった原告が捜査に当たり、亡明代が自殺したものとして処理したことについて、原告が、同署刑事係長及び地検八王子支部の検察官2名とともに、 亡明代が計画的に殺害されたことを知りながら、あえてこれを自殺事件に仕立て上げて隠蔽しようとしたと主張し、さらに、上記検察官2名は亡明代の謀殺事件に関わっている創価学会の学会員であって、原告及び上記刑事係長もこれと結託して上記隠蔽に加担する不正を行った同類のものであると主張し、上記各事実を適示するとともに、同事実を前提にその行為及び人格の悪性を強調する意見ないし論評を公表したものと解するのが相当である。
 したがって、本件演説部分は、原告の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものというべきである。
(2)本件記事について
 本件記事部分は、これと一体をなす本件記事の表題及びその余の部分、とりわけ本件窃盗被疑事件の被害店舗の経営者を「創価学会信者」と記載し、原告を同店舗の「ガードマン(?)として登場する創価学会の怪!」と記載している部分及び前後の文脈を総合的に考慮し、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すると、亡明代が、自殺したのではなく、計画的に殺害されたと断定的に主張するとともに、東村山署副署長である原告は、創価学会の関係者であって、捜査に当たり、亡明代が計画的に殺害されたことを知りながら、あえて自殺と断定して、これを隠蔽しようとしたもので、その隠蔽工作として亡明代が万引きをしたという虚偽の事実をねつ造したと主張し、上記各事実を摘示するとともに、同事実を前提にその行為の悪性を強調する意見ないし論評を公表したものと解するのが相当である。
 したがって、本件記事部分は、原告の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものというべきである。
(3)被告は、本件表現は、東村山署の機関である副署長としての原告の捜査指揮を批判したもので、原告個人を対象としていないと主張する。
 しかしながら、本件各表現は、捜査を担当した東村山署副所長(ママ)である原告を特に名指しし、原告の行為ないし人格の悪性を強調するものであるから、原告個人を批判する側面を有するものと認められる。
 したがって、被告の上記主張は採用できない。
(4)よって、本件各表現は、原告の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させ、その名誉を毀損するものであると認められる。
2 争点(2)(違法性阻却事由)について
(1)(※公共性、公益性、真実性について説明)
(2)公共性及び公益性について
 本件演説部分は、東村山署副署長として原告が行った本件転落死事件に関する捜査指揮に関連するものであり、本件記事部分も、原告が行った本件転落死事件等に関する捜査指揮等に関連するものであるから、本件各表現は、事柄の性質上、公共の利害に関する事実に係るものといえ、また、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる。
(3)真実性について
ア 本件各表現で摘示又は前提とされた事実の重要な部分について
(ア)前記認定事実に照らせば、本件演説部分において摘示された事実、あるいは意見ないし論評の前提としている事実のうち、重要な部分は、(1)亡明代が自殺したのではなく、計画的に殺害されたものであること、(2)原告が、(1)の事実を知りながら、あえてこれを自殺事件に仕立て上げて隠蔽しようとしたこと、(3)創価学会が亡明代の謀殺事件に関わっており、原告は、創価学会の学会員である検察官2名と結託して上記隠蔽に加担する不正を行った同類のものであることであると認められる。
(イ)前記認定事実に照らせば、本件記事部分において摘示された事実、あるいは意見ないし論評の前提としている事実のうち、重要な部分は、亡明代が自殺したのではなく、計画的に殺害されたものであること(上記(ア)(1)の事実)、原告が、亡明代が計画的に殺害されたことを知りながら、あえて自殺と断定して、これを隠蔽しようとしたこと(上記(ア)(2)の事実と同趣旨である)、(4)原告がその隠蔽工作として亡明代が万引きをしたという虚偽の事実をねつ造したことであると認められる。
イ 本件各表現の事実の重要な部分の真実性について
(ア)前記認定事実、証拠(甲5、11、19,20,38、乙4の1・2、9の1、11、34、42の2、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)○○は、平成7年6月19日、東村山署警察官に対し、以前から面識があり、万引きをしたと疑っていた亡明代が本件洋品店に来たことから、防犯ミラーを通して注視していたところ、Tシャツを万引きしたのを目撃したので、立ち去る亡明代を約20メートル追跡して追いつきとがめたところ、亡明代がTシャツを落としたのでこれを取り返したが逃げられたことなどを被害申告した。東村山署警察官は、同申告を受けて、当日客として同店に居合わせ、○○が犯人から上記Tシャツを取り返す状況等を目撃したという者や、同人らが犯人は亡明代だと述べていたのを現場で目撃したという者らの事情聴取をするなどの裏付けをとった。東村山署は、亡明代を被疑者として任意で3回取り調べを行ったが、亡明代は万引き事件は政敵によるでっち上げであるとして犯行を否認し、万引き事件当日午後3時過ぎころ、レストラン「びっくりドンキー」において矢野と一緒に食事をしていた旨のアリバイを申し立て、アリバイの裏付け資料として、同レストランが発行した「レギュラーランチ」を食べたとするレジジャーナルの写しを提出した。しかし、裏付け捜査の結果、同レストランが保管する同レジジャーナルの伝票や同レストランの店員の説明から、同レジジャーナルの写しは亡明代以外の第三者が食事をした際のものであることが判明したことなどから、原告は、警視庁本部の関係課と協議した上で、署長の決裁を受けて、同年7月12日、亡明代を被疑者とする本件窃盗被疑事件を地検八王子支部検察官に書類送検した。
 原告は、同日午後5時ころ、上記検察官送致を機に、新聞社の記者らの取材に応じて、上記事案の概要を公表するとともに、「捜査の結果、アリバイは信用できないことや目撃者が複数いることなどから、警察は朝木市議による犯行と認め、本日、被疑者を窃盗罪で知見に書類装置した。」などと広報した。(甲5、20、乙4の1・2、42の2、原告本人)
(2)送致後、東村山署は、亡明代が本件窃盗被疑事件が発生したとされる時刻前に北海道拓殖銀行東村山支店のキャッシュサービスコーナーに立ち寄ったことについて裏付け捜査をし、同銀行の防犯カメラが撮影した亡明代と思われる人物の白黒写真を入手したが、○○にこれを見せると、犯人の特徴と一致している旨供述した(甲20、乙4の2、原告本人)
(3)矢野は、平成7年10月5日、検察官に対し、アリバイについて、亡明代が警察官に対して「レギュラーランチ」を食べたと供述したのは、亡明代の記憶間違いであり、正しくは「日替わりランチ」だっとと(ママ)供述した。しかし、裏付け捜査の結果、上記レストランが保管していた伝票から、矢野と亡明代が食事をした時間帯には、「日替わりランチ」は完売のため品切れで食べることはできないものであったことが判明した(甲20)。矢野は、亡明代の上記アリバイを最初に自分が思い出したとしているが(甲5)、矢野及び直子の共著に係る「東村山の闇」と題する書籍(乙32。以下「本件書籍」という。)の「第六章 謀殺のプロローグ」の中で、アリバイに関して、「私の記憶だと、メニューの内容から見て、食べたのは、どうもレギュラーランチではなく、『日替わりランチ』だった。」、「店長から渡された『レジの記録』には、よく見ると『レギュラー』を示す文字が入っていたのだ。」、「そうすると、このレストランへ行った日にちが六月一九日でなかったか、六月一九日は合っているが、時刻がちがうか、どちらかだ。」、「一〇日も経っており、記憶も薄れ、完全には思い出せないことはたくさんある。」などと記述しており、上記レストランに行った日にちが本件窃盗被疑事件当日ではなかった可能性等を認め、アリバイに関する記憶が薄れているなどとしている (乙32)。
(4)亡明代は、平成7年9月1日午後10時ころ、前記のとおり本件マンションの5階と6階の間の非常階段から転落したが、同日午後10時30分ころ、同所付近の飲食店店長が血を流して倒れている亡明代を発見し、「大丈夫ですか。」と声を掛けたところ、亡明代は「大丈夫です。」と答え、さらに「落ちたのですか。」との質問にこれを否定し、同店店員が「救急車を呼びましょうか。」と申し出たのに対して、亡明代はこれを断ったが、同店員は、東村山駅前交番に負傷者がいると届け出た(乙42の2)。
(5)亡明代は、救急搬送後、平成7年9月2日午前1時ころ、搬送先の防衛医科大学校病院において、多発外傷に基づく出血性ショックを主体とする外傷性ショックにより志望した(乙9の1、11)。
(6)原告は、上記飲食店店長及び店員から上記(4)の事実を聴取するなどした後、平成7年9月2日午前7時ころ、新聞社等の記者の取材に応じ、東村山署の広報担当として、広報案文に基づき、本件転落死事件に関し、「現在までの捜査状況」として、「本部鑑識課員等の応援を得て、事件、事故の両面から捜査中である。今後は、不明の靴やカギの発見、目撃者の発見等事実解明のため所要の捜査を行う。」と口頭で述べるとともに、手持ち資料に基づき、「事件性の有無」について、「現場の状況、関係者からの聴取及び検視の結果等から事件性は薄いと認められる。」などと発表した。
 また、原告は、現場に急行した警察官が本件マンションの5階から6階に至る非常階段の手すりに手指痕跡を発見したが、同所には他に争ったような特異な痕跡がないこと、転落現場の鉄製フェンスが同手指痕跡の直下で折れ曲がっていたことをそれぞれ確認したこと、亡明代の死亡前の言動、警察官が聞き込み捜査をしたところ、転落当時悲鳴及び墜落音を聞いた本件マンションの住人がその際に人が争う気配はなかったと供述していること、検死の結果、亡明代の遺体には、墜落によるものと認められる創傷以外の防御創傷がないとされたこと、解剖の結果、血液及び胃の内容物には、揮発性薬物、劇薬物、アルコールの検出が認められなかったこと、死因は多発性肋骨骨折等による出血性ショック死であり、執刀医の所見は「右側前身に認められる損傷は人力では不可能であり、墜落による損傷と見て矛盾はない」というものであったことなどから、犯罪性はないと判断し、東村山署は、同年12月22日、「他人が介在した状況はなく、犯罪性はないと認定した」という意見を付して、被疑者不詳の殺人事件として地検八王子支部検察官に送致した。
 なお、本件転落死事件後に行われた東村山署による現場付近の捜索によっても、亡明代の靴が本件マンション付近から発見されることはなかったが、本件鍵束は同捜索後に本件マンション2階階段において発見された。(甲19、20、38、乙42の2、原告本人)
(7)東京慈恵会医科大学法医学教室の医師らは、平成7年9月2日、亡明代の遺体の司法解剖を行い、その後平成10年7月21日までの間、必要な検査を実施した結果、同日付けで本件司法解剖鑑定書を作成した。同鑑定書には、「創傷の部位、程度」として皮下出血を含む傷害が記載されており、上肢につき、前記前提事実(3)ウのとおり、皮下出血を伴う損傷があることなどが記載されている。また、本件司法解剖鑑定書には、亡明代の遺体につき、血中及び尿中からはアルコールは検出されなかったことが記載されている。
(8)直子らは、本件司法解剖鑑定書記載の上腕部内側の皮膚変色部(以下「本件上腕部内側の皮膚変色部」という。)について、鈴木教授に鑑定を嘱託し、鈴木教授は、平成20年5月26日付け鑑定書(以下「平成20年5月26日付け鑑定書」という。)を作成した。
 東京高等裁判所は、別件訴訟の平成21年1月29日付け判決において、平成20年5月26日付け鑑定書は、「左右上腕の皮下出血部は、その位置は、いずれも、自分の手の届く範囲であるが、正常の人なら、自分の上腕内側を自分で皮下出血が生じるほど強く掴まなければならない様な事態が生ずることはあり得ない。」、「皮下出血を伴う上腕部内側の皮膚変色部が生じた原因は、自分で強く掴むとか、救急隊員が搬送する際に強く掴むとか、落下の際、手すりにより生じたことも、落下の途中で排水縦パイプに衝突して生じたこととか、落下して地面のフェンスとか、排気口との衝突で生じたこともあり得ず、したがって、他人と揉み合った際に生じたことが最も考え易い。」と記載されているところ、「『自分で強く掴む』ことがあり得ないことは、『正常の人なら』そのような事態が生じることはあり得ないとするものであるが、明代が正常な状態でなければ(明代が自殺したとすれば、正常な状態でなかったということができる。)、そのような事態が生じることがあることを否定していないと考えられ、また、他の可能性を否定する根拠も十分なものでないといわざるを得」ないと判示し、同鑑定書のうち、上記上腕部内側の皮膚変色部が生じた原因について、「自分で強く掴むとか、救急隊員が搬送する際に強く掴むとか、落下の際、手すりに生じたことも、落下の途中で排水縦パイプに衝突して生じたこととか、落下して地面のフェンスとか、排気口との衝突で生じたこともあり得ず、従って、他人と揉み合った際に生じたことが最も考え易い。」という記載は採用することができないと結論付けた(甲11)。
 そこで、直子は、同判決に反駁するため、再度、鈴木教授に対し、鑑定補充書を作成するよう嘱託し、鈴木教授は、平成21年3月17日付けで、本件鑑定補充書を作成した。本件鑑定補充書には、「朝木明代殿が仮に自殺しようとして、正常な状態でなかったとしても、この左右上腕の皮下出血は自分で掴んで生じた可能性はない。」、「他人と揉み合った際に、左右上腕が手指で強く掴まれた際に生じた可能性が強い皮下出血である。」などと記載されている。
(イ) 亡明代が自殺したのではなく、計画的に殺害されたものであること(前記ア(1))について
(1)本件上腕部内側の皮膚変色部について
a 本件司法解剖鑑定書には、前記のとおり、本件上腕部内側の皮下変色部の記載があるが、これが他人と揉み合ってできた可能性があることを示唆する記載はされていない。
b 鈴木教授作成の本件鑑定補充書は、本件上腕部内側の皮膚変色部について、「その生成原因として、明代が他人ともみ合って上腕を強くつかまれた可能性があることが認められるだけであり、明代が他人に突き落とされて本件転落死したことまで推認できるものでないことは明らかである。」とした東京高等裁判所平成21年1月29日付け判決に反論しているが、鈴木教授は、本件上腕部内側の皮膚変色部について、従前、同人の平成18年8月20日付け意見書(以下「平成18年8月20日付け意見書」という。)において、「転落現場で救急隊により担架に乗せられる際、両腕を揉まれた可能性の他、他人と揉み合って上腕を強く揉まれた可能性も推認できる。」旨の意見を述べていたところ、同人の平成20年5月26日付け鑑定書においては、「左右上腕の皮下出血部は、その位置は、いずれも、自分の手の届く範囲であるが、正常の人なら、自分の上腕内側を自分で皮下出血が生ずるほど強く掴まなければならない様な事態が生ずることはあり得ない。」などと述べ、さらに本件鑑定補充書においては、「朝木明代殿が仮に自殺しようとして、正常な状態でなかったとしても、この左右上腕の皮下出血は自分で掴んで生じた可能性はない。」などと述べるに至ったものであるから、鈴木教授の意見の内容には変遷があり、しかもその変遷に合理的理由があるとは認められない(なお、平成18年8月20日付け意見書及び平成20年5月26日付け鑑定書は、いずれも本件において証拠として提出されていない。)。
 また、本件鑑定補充書によっても、自殺をしようとして正常な状態でなくなっている人の自傷行為が自殺に結びつくような合目的的な行為に限定される理由が明らかでなく、かえって正常な状態にないのであれば、自殺に結びつかない不合理な行動をとったとしても不自然とはいえないのであるから、本件上腕部内側の皮下変色部が亡明代と他人が争った際に生じたことが最も考えやすいとする本件鑑定補充書の記載は採用することができない。
c 加えて、前記認定のとおり、亡明代が転落したと考えられる本件マンションの5階から6階の間の非常階段の手すりに残された手指痕跡の増したで鉄製フェンスが折れ曲がっており、亡明代が転落時に同フェンスに衝突したことがうかがえること、警察官の聞き込み捜査では、転落当時悲鳴及び墜落音を聞いたという本件マンションの住人がその際に人が争う気配はなかったと供述していることなどに照らせば、本件鑑定補充書を全面的に採用することはできず、本件上腕部内側の皮膚変色部は、亡明代が他人と揉み合ったことにより生じたとしても矛盾しないという程度の証拠力を有するにとどまるといわざるを得ない。
d ちなみに、別件訴訟の東京高等裁判所平成21年3月25日付け判決書(乙33)も矢野及び直子らが本件転落死事件につき「他殺の可能性を示す証拠があると信ずるについて相当の理由がなかったとはいえないというべきである。」とするにとどまり、他殺の可能性を示す証拠があることが真実である旨認定するものではないし、本件上腕部内側の皮膚変色部については、「明代の市報解剖鑑定書には他人と揉み合った際に生じることがある上腕内側の皮膚変色部が存在したことが記載されている」と記載するにとどまる(なお、同平成21年3月25日付け判決書及び本件鑑定補充書は、平成21年1月29日付け判決に係る上告受理申立ての際に提出されたが[甲17]、上告不受理決定がされている。)。また、別件訴訟の東京高等裁判所平成19年6月20日付け判決(乙37)も、本件上腕部内側の皮膚変色部が「他殺を疑わせる証拠となるようなものであること」を信じたことについては「相当の理由があるというべきである。」とされたにとどまる。
(2)被告の主張するその余の点について
 次に、その他、被告が主張する亡明代他殺の証拠〔(被告の主張)イ真実性(イ)〕を検討する。
a 本件転落死事件当日に亡明代が矢野に対して「ちょっと気分が悪いので休んでいきます。」と電話した際の音声が生命の危険に直面した状態での音声であったと鑑定されたこと((1)c)、亡明代が当日の午後、本件窃盗被疑事件の弁護人から同事件がねつ造でなければ完全な人違いである旨の説明を受けて、同事件が不起訴とならなければあくまでも戦い抜く闘志を燃やしていたこと((1)d)、亡明代が当日、自宅から本件マンションまで歩いていった事実が存在しないこと((3)a)本件マンションの踊り場から亡明代が自力で手すりに上って落下することが不可能であること((4)b)、亡明代が転落直後、亡明代が倒れているのを発見した本件マンション1階の飲食店主に対し、「飛び降りてはいません。」と判然と述べたこと((4)c)は、いずれもこれを認めるに足りる的確な証拠はなく((3)aの点について、東村山署による捜索によっても亡明代の靴が本件マンション付近から発見されなかったことは前記認定のとおりであるが、そのことから亡明代が靴を履かずに本件マンションに赴いた可能性が否定されるものではない。)、本件転落死事件に創価学会が関与していたとする点((5))は確たる証拠がない。
 なお、付言すると、本件音声鑑定書(乙10)によれば、日本音響研究所の鈴木松美は、平成8年3月22日、精神的緊張により音声の基本周波数が上昇するという因果関係があることなどを前提として、亡明代が平成7年9月1日午後9時19分に矢野に電話を架けた際の亡明代の音声の基本周波数の推移から、当時、亡明代が相当な精神的緊張状態にあったと推測したことが認められるものの、同鑑定は亡明代の音声が「生命の危険に直面した状態での音声であった」とするものではない。
b 本件鍵束が本件転落死事件後に行われた現場付近の捜索後に本件マンション2階階段において発見されたこと((3)b)は、前記認定のとおりであるが、そのことから直ちに亡明代を殺害した犯人が本件鍵束を同所に置いたという事実が推認できるわけではない。
c その他、東村山署が亡明代を殺した犯人から本件鍵束が亡明代の物であることを聞いていたなどという点((3)c)はこれを認めるに足りる証拠はなく、亡明代の政治的・社会的活動歴等((1)b)から、直ちに亡明代が自殺した可能性を否定することはできないし、本件転落死事件当時、本件マンションの住人が「ギャー!」という叫び声を聞いたことなど((4)A)が仮に認められるとしても、その際に人が争うような気配があったことをうかがわせる証拠はないから、これらをもって亡明代が何者かに殺害されたと認めることはできない。
d 被告は、本件窃盗被疑事件がえん罪であるから亡明代には自殺する動機がなかったと主張する((1)a)ところ、本件窃盗被疑事件がえん罪であるとする根拠(ア)について検討するに、直子が本件窃盗被疑事件当時亡明代が着ていた洋服と同じ洋服を着て写真(乙5の1・2)を撮影したこと((3))、北海党拓殖銀行村山支店において撮影された写真に○○の犯人識別供述と矛盾する映像があること((4))、亡明代にアリバイがあること((5))は、いずれもこれを認めるに足りる証拠はなく、本件窃盗被疑事件に創価学会の関与があるとする点((6))は確たる根拠がなく、他に本件窃盗被疑事件を亡明代が犯していないことを認めるに足りる証拠はない。
e 亡明代が平成7年9月3日に宗教法人法の改正の問題及び政教分離等について討論する市民団体のシンポジウムにパネリストとして参加する予定であること((1)e)が、同年8月27日、新聞に報じられているが(乙12)、これをもって、同年9月1日の本件転落死事件当時、亡明代が自殺するはずがないと断定できるものではない。そして、仮に他人により本件マンションから転落させられたため重傷を負ったのであれば、これを発見した第三者に対して、通常は転落の事実を申し述べるなどして、必死に救助を求めると考えられるところ、前記認定事実によれば、亡明代は、転落直後、重傷を負ったにもかかわらず、発見者に対して転落の事実を否定し、救急車の手配さえ断ったというのであり(上記イ(ア)(4))、これは亡明代が自分が本件マンションから転落し負傷したことの発覚をおそれたものとみることができ、他人により高所から転落させられるような危害を加えられた者の言動としては不自然であること、被害者が亡明代が犯人である旨供述し、被害者が現場から犯人を追跡し、被害品を取り返したところなどを目撃した第三者らもこれに沿う供述をしていたこと、亡明代がレジジャーナルの写しをアリバイの証拠として提出したが、原告ら捜査機関において裏付け捜査の結果、アリバイの主張は信用性がないと判断されており、警察官による被疑者取調べや原告による広報(上記イ(ア)(1))などを通じて、亡明代もそのことを知っていたと考えられることなどに照らせば、本件転落死事件当時、亡明代を被疑者とする本件窃盗被疑事件が地検八王子支部へ書類送致されていたところ、検察官送致後、被疑者である亡明代が本件窃盗被疑事件につき、自己が今後起訴されて刑事責任を問われかねない厳しい立場に置かれていることを憂慮していたことがうかがえる。
 したがって、被告の主張するその余の点を考慮しても、本件転落死事件当時、亡明代に自殺の動機がなかったとはいえない。
(3)小括
 以上によれば、被告の主張するその余の点を考慮しても、亡明代が殺害されたことや、これが計画的なものであったことを認めることはできない。
(ウ)その余の事実の重要な部分(前記ア(2)(3)(4))について
 以上のとおり、亡明代が自殺したのではなく、計画的に殺害されたものであること(前記ア(1))は認められないが、仮に亡明代が殺害された可能性があるとしても、本件において、原告が、(1)の事実を知りながら、あえてこれを自殺事件に仕立て上げ、またはこれを断定して、隠蔽しようとしたこと(前記ア(2))、創価学会が亡明代の謀殺事件に関わっており、原告は、創価学会の学会員である検察官2名と結託して上記隠蔽に加担する不正を行ったこと(前記ア(3))、原告がその隠蔽工作として亡明代が万引きをしたという虚偽の事実をねつ造したこと(前記ア(4))は、いずれも客観的にこれを認めるに足りる証拠はない。
ウ 結論
 よって、本件各表現について、摘示又は前提とされた事実の重要な部分が真実であることが証明されたとはいえず、違法性は阻却されない。
3 争点(3)(故意又は過失の阻却事由)について
(1) 事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失が否定され(前掲最高裁判所昭和41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁、前掲最高裁判所昭和58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁参照)、また、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、意見ないし論評の前提としている事実がその重要な部分について真実であることの証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信じるについての相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である(最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。そして、故意又は過失を否定する者が、上記事実を信じるについて相当の理由があったことの説明責任を負うものと解される。本件各表現は、公共の利害に関する事実に係るものと認められ、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったことは前記2(2)のとおりであるから、以下、相当の理由があったと認められるか否かについて検討する。
(2) 原告は、東京高等裁判所平成21年3月25日付け判決書及び本件鑑定補充書は、本件演説及び本件記事の後に作成提出されたものであるから、相当性の根拠とすることは許されないと主張する。確かに、行為者において真実と信ずるにつき相当の理由があるかどうかは、故意、過失の問題であるから、当該名誉毀損行為時を基準として判断すべきであるので、行為後の事情そのものは基本的には考慮すべきではないが、行為後に作成された資料を、行為時の相当性の判断の一資料とすることは許されるというべきである。
(3)ア そこで、東京高等裁判所平成21年3月25日付け判決書及び本件鑑定補充書も、被告の本件各表現当時の相当性の判断の一資料として考慮するに、これを考慮に入れても、本件上腕部内側の皮膚変色部は、客観的には、亡明代が他人と揉み合ったことにより生じたとしても矛盾しないという程度の証拠力を有するにとどまることは前記のとおりである。
イ 証拠(乙46,被告本人)によれば、本件演説及び本件記事発表当時、被告が主としてその前提事実の重要な部分の根拠として直接把握していたものは、本件司法解剖鑑定書(ただし、添付写真を除く。)、本件音声鑑定書、国会議事録(乙30)等のほかは、主として、乙骨正生著に係る「怪死」と題する書籍(乙28)、本件書籍(乙32)、週刊文春(乙21)等の週刊誌等の記事であったことが認められる。
なお、被告は、被告本人尋問において、鈴木教授の意見を確認した旨供述するが、被告が本件各表現をした後に本件鑑定補充書を確認したことは認められるものの、平成18年8月20日付け意見書及び平成20年5月26日付け鑑定書については、本件において証拠として提出されておらず、被告がこれらの意見書等を本件各表現以前に確認していたとの上記記述はにわかに採用できない。
ウ そして、上記各資料のうち、既にその内容を認定した本件司法解剖鑑定書及び本件音声鑑定書を除くものについて、証拠(甲27,37,39,乙6,21,22,28,30,32,33)によれば、要旨、以下の内容が記載されていることが認められる。
(ア) 平成7年11月30日に開催された第134回国会参議院宗教法人等に関する特別委員会の会議録には、出席した委員保坂三蔵が「本件転落死事件が単純な偶発的な事件でなく、計画された事件であったら大変なことである。本件転落死事件を創価学会が起こしたとは言わないが、疑われている。」などと発言したこと、その際、政府委員として出席した警察庁刑事局長野田健が「本件転落死事件につき、現在、警視庁において、所要の捜査態勢の下であらゆる可能性を視野に入れ、自殺、他殺両面からの捜査を進めており、早期に捜査を遂げて総合的な判断をしたい。」などと発言したことが記載されている(乙30)。
(イ) 乙骨正生著に係る「怪死」と題する書籍は、平成8年5月20日、第1版が発行されたもので、その内容は多岐にわたっているものの、本件転落死事件に関しては、「手すりについた指の跡から指紋が採取されていないこと、亡明代の靴が発見されず、警察犬が臭跡を発見できなかったこと、警察犬が発見できなかった事務所の鍵が平成7年9月2日に本件マンション2階の飲食店店員によって発見されたこと、東村山署が本件転落死事件直後の現場検証後、現場保存をしないなどその捜査が不自然であることなどから、原告が本件転落死につき事件性がない旨判断したことには疑問があること」などが記載されている(乙28)。
(ウ) 矢野及び直子が著した本件書籍は、平成15年11月10日、初版が発行されたものであるが、「東村山署の捜査及び広報の責任者である原告が、他の捜査担当者らとともに、本件窃盗被疑事件について亡明代を犯人であると速断して捜査を尽くさないまま書類送検し、本件転落死事件についても早々に『万引きを苦にした自殺』説を打ち出して、外部に広報し、他殺の証拠を無視し、捜査をねじ曲げたもので、その職務は適正ないし公正さを欠くものであった」などと記載されている(乙32,33)。
(エ) 週刊文春(乙21)等の週刊誌等の記事の要旨は、別表記載のとおりである(甲27,37,39,乙6、21、22)。
エ 上記認定によれば、被告が参考にした上記資料には、左上腕部後面等に皮下出血を伴う皮膚変色部があること、本件転落死事件直前の亡明代の声からは亡明代が自殺したとするには不自然な点があることなどが記載されているにすぎないのに、被告は、原告が本件転落死事件につき早々に本件被疑事件を苦にした自殺説を打ち出して他殺の証拠を無視したなどと記載されている本件書籍等を前提とし、これに沿うように上記資料を解釈して、本件各表現を行ったものと認められ、これらの事情に照らすと、被告が報道等に携わる者ではないことを考慮しても、裏付け調査を十分にしたとはいえず、本件各表現当時、亡明代が自殺したのではなく、計画的に殺害されたものであること(前記2(3)ア(1))を被告が信じるについて相当の理由があったと認めることはできない。ましてや、本件において、原告が同(1)の事実を知りながら、あえてこれを自殺事件に仕立て上げ、またはこれを断定して、隠蔽しようとしたこと(前記2(3)ア(2))、創価学会が亡明代の謀殺事件に関わっており、原告は、創価学会の学会員である検察官2名と結託して上記隠蔽に加担する不正を行ったこと(前記2(3)ア(3))、原告がその隠蔽工作として亡明代が万引きをしたという虚偽の事実をねつ造したこと(前記2(3)ア(4))は、被告の推測にすぎず、本件各表現当時、これらの事実を被告が信じるについて相当の理由があったと認めることはできず本件各表現の意見ないし論評が公正な論評として許容される範囲内であるともいえない。
(4) したがって、被告が、本件各表現について、摘示又は前提とされた事実の重要な部分を真実と信じるについて相当の理由があったとは認められず、故意又は過失は阻却されない。
4 争点(4)(損害)について
 以上のとおり、本件各表現は、原告の行為や人格の悪性を強調し、その名誉を毀損するもので違法かつ有責であるが、本件は、現職の東村山市議会議員が、同市内で発生した本件窃盗被疑事件の被疑者として書類送検される中、同市内において本件マンションから転落死したという事案であり、本件各表現は、当時捜査の指揮に当たっていた責任者に対して、本件転落死の事件性や本件窃盗被疑事件に関する捜査等のあり方を批判し、公正な捜査と事件の真相の解明を求める側面及び東村山署という組織の活動に対する批評としての側面もある。
その他、本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、原告の被った精神的苦痛を慰謝するには10万円が相当であると思科する。

第4 結論
 よって、原告の請求は主文1項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言については、相当でないから、これを付さないこととする。

東京地方裁判所立川支部民事第1部
裁判長裁判官 飯塚宏

裁判官酒井英臣及び同尾藤正憲は、いずれも転補につき、署名押印することができない。
裁判長裁判官 飯塚宏


2011年1月20日:ページ作成。
最終更新:2011年01月20日 18:26