「越境通勤市議」問題:都選管裁決書(平成19〔2007〕年10月10日)

「東京都公報」平成19年10月24日(水) 定刊14050号(PDFファイル、9-12ページ)掲載分。

裁決書

審査申立人 矢野穂積
審査申立人 朝木直子

 上記審査申立人(以下「申立人」という。)から平成19年8月16日に提起された、平成19年4月22日執行の東村山市議会選挙(以下「本件選挙」という。)における当選の効力に関する審査の申立てについて、東京都選挙管理委員会(以下「当委員会」という。)は次のとおり採決する。

主文

本件審査の申立てを棄却する。

審査申立ての要旨

 申立人は、本件選挙における当選の効力に関し、平成19年4月27日付けで東村山市選挙管理委員会(以下「市委員会」という。)に対し、異議の申出(以下「本件異議申出」という。)をしたが、市委員会は、同年7月27日付けでこの異議の申出を棄却する決定(以下「原決定」という。)をした。
 申立人は、原決定を不服として、平成19年8月16日付けで当委員会に対し、原決定を取り消し、本件選挙において選挙会がなした佐藤真和(以下「佐藤」という。)を当選人と定めた決定を取り消す旨の採決を求めて本件審査の申立てをしたものである。
 当委員会は、申立人の主張を次のとおりと判断した。
1 原決定において市委員会が行った佐藤に係る住所認定の判断は、最高裁大法廷昭和29年10月20日判決等の判例の示した住所認定に係る基準に違反し違法、無効であるから、原決定は取り消されるべきである。
2 最高裁大法廷昭和29年10月20日判決等の判例の示した住所認定に係る基準をもとに、佐藤に関する具体的事案を整理すると、以下の事実からも、佐藤には本件選挙の被選挙権の要件となる住所、すなわち「生活の本拠」が東村山市内にあるとはいえない。
(1)まず、家族との同居についていうなら、佐藤には配偶者及び子2人の家族があるが、これら家族は日野市内に住所があり佐藤とは別居していることになっている。
 しかし、佐藤の家族は、日野市内の2DKのアパートに住んでいたのが、佐藤が東村山市議会議員に当選した後の平成16年11月に同じ日野市内の3LDKのマンションに転居しており、家族構成が減ったにもかかわらず、間取りが広く家賃が高いマンションに転居することは経験則上ありえない。
(2)次に、佐藤の管理すべき財産の所在場所も、佐藤は日野市の家族の住居であるマンションの直近に駐車場を貸借しているし、離婚もしておらず、妻に財産分与したこともないと考えられる。
 以上からすれば、佐藤は、日野市にその管理すべき財産を所有しているというべきであるから、生活の本拠は日野市にあり、東村山市にはないというべきである。
(3)佐藤は、日野市の家族の住居から車で東村山市議会まで通勤所要時間が30分から40分で行くことができ、現に、日野市の家族の住居から自動車で東村山市に行っていることが認められる。この事実から、佐藤の生活の本拠は日野市にあるというべきである。
(4)申立人は、平成18年6月以降に佐藤の住所について独自の実体調査を実施したところ、当該期間の佐藤の生活の本拠が東村山市にないことが判明した。佐藤が、非の死から東村山市に住民登録を移動させた理由と目的は、東村山市議会議員選挙に立候補するために形式的に住民登録したにすぎないから、生活の本拠である住所は東村山市にはないというべきである。
 以上の事実からすれば、佐藤には本件選挙の被選挙権はないというべきである。
 よって、選挙会決定及び原決定は、判例で示された住所の認定基準に違反するものであり、違法、無効であることは明らかである。

裁決の理由

 当委員会は、本件審査の申立てを適法なものと認め、これを受理し、市委員会から弁明書を、申立人から反論書をそれぞれ徴し、さらに、市委員会からは、関係書類の提出を求め、関係機関に必要な紹介を行うなど慎重に審理した。
 その結果は、次のとおりである。

1 本件審査申立てに至るまでの経緯と前提事実
(1)佐藤は、平成15年1月17日に東京都東村山市野口町……サンシティハイツ2 101号室に住民登録した。
(2)市委員会は、公職選挙法(昭和25年法律第100号。以下「法」という。)第22条第2項の規定に基づき、平成15年4月19日に佐藤を東村山市の選挙人名簿に登録し、佐藤は、同月27日執行の東村山市議会議員選挙に立候補した。
(3)申立人は、平成19年3月5日付けで、市委員会に対し、法第29条第2項の規定に基づき、佐藤の選挙人名簿に関する調査及び登録抹消請求書を提出し、市委員会は、これを受理した。市委員会は、この調査請求に基づき佐藤の住所について調査した結果、同年4月10日付けで「調査対象者は現住所に居住しているものと判断した」との決定をし、その旨を申立人に対し通知した。
(4)市委員会は、平成19年4月14日に法第22条第2項の規定に基づき、本件選挙の選挙人名簿の選挙時登録を行った。
(5)本件選挙は、平成19年4月15日に選挙の期日が告示され、同日、佐藤は立候補の届出をした。
(6)本件選挙は、平成19年4月22日に執行され、同日、投開票が行われた結果、佐藤の得票総数は、2,409票となり、選挙会は、佐藤を当選人と定めた。
(7)申立人は、平成19年4月27日付けで、市委員会に対し、本件選挙の当選の効力に関し本件異議申出を提起し、委員会はこれを受理した。
(8)市委員会は、本件異議申出を審理した結果、平成19年7月27日付けでこれを棄却する内容の原決定をし、これを申立人らに通知するとともに法第215条の規定に基づき告示した。
(9)申立人は、原決定を不服として、平成19年8月16日付けで当委員会に対し審査の申立てを提起し、当委員会はこれを受理した。

2 当委員会の判断
(1)法第9条第2項には、「日本国民たる年齢満20年以上の者で引き続き3箇月以上市町村の区域内に住所を有する者は、その属する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する。」とされ、法第10条第1項第5号には、「市町村の議会の議員についてはその選挙権を有する者で年齢満25年以上のもの」が被選挙権を有する旨規定されている。
 したがって、本件選挙の被選挙権は、本件選挙の投票が行われた平成19年4月22日までの3箇月間、すなわち同年1月22日から同年4月22日までの間(以下「当該期間」という。)、引き続き東村山市内に住所を有するものでなければならないものである。
(2)ここで「住所」とは、生活の本拠、すなわちその者の生活に最も関係の深い一般生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決されるべきものである(最高裁判所昭和35年3月22日判決、最高裁判所平成9年8月25日判決ほか参照)。
 なお、判例の基準において、法において、選挙権の有無を決する基準である住所の認定基準として本人の意思を他の諸般の事情とともに補足的に考慮することは認められているところである(最高裁判所昭和32年9月13日判決、大阪地方裁判所平成2年10月30日判決参照)。
(3)ア これを本件についてみると、前記1(1)及び(2)記載のとおり、佐藤は、平成15年1月17日に東京都日野市多摩平……から東村山市野口町……サンシティハイツ2 101号室に住民登録を移し、平成15年4月27日執行の東村山市議会議員選挙に立候補して当選し4年間の任期を満了し、当該期間を含めて本件選挙までの間は同所から住民登録を移していないことが本件審査に提出された資料から認められる。
イ 市委員会は、原決定において、調査の結果、佐藤の住所は当該期間において一貫して東村山市にあると認定しているが、申立人は、当該期間中、佐藤の住所は、日野市にあるとして前記のような主張をする。
 しかし、本件においては、前記アのとおり、佐藤は、既に平成15年4月27日執行の東村山市議会議員選挙に立候補して当選して4年間の任期を満了して、更に本件選挙にも立候補して当選していることが認められるから、申立人が佐藤に本件選挙に係る被選挙権の要件である当該期間、東村山市に住所がないことを理由に原決定の取り消しを求めるなら、佐藤の生活の本拠が東村山市にないことを合理的に認めるに足る客観的な証拠をもって立証する必要があるというべきである。
 なぜなら、地方自治法(昭和22年法律第67号)第127条は、普通地方公共団体の議会の議員が被選挙権を有しない者等であるときはその職を失うとして、被選挙権の有無については、一定の場合を除き、議会がこれを決定すると規定している。この被選挙権には、住所要件の認定についても含まれているところ、佐藤は平成15年4月27日執行の市議会議員選挙に立候補して当選し、4年間の任期を満了するまで議員活動を継続しており、この間、東村山市議会が佐藤について、地方自治法第127条に該当するとの判断がされた事実はまったくなく、この事情は、本件審査において、当該期間における佐藤の住所を認定する際にも付随事情として考慮されてしかるべきだからである。
ウ したがって、本件審査申立ての争点は、平成19年1月22日から同年4月22日までの当該期間中、佐藤が継続して東村山市に住所を有していたか否かであるが、申立人においては、佐藤に本件選挙の被選挙権がないことを理由に当選の効力を争うなら、少なくとも、当該期間について、佐藤に東村山市に生活の本拠がなかったことについて、前記で指摘した点を踏まえた立証をする必要があるというべきである。
 この点、申立人は、判例で示された基準を引用して、佐藤の生活の本拠が日野市である等と主張しているが、いずれも、判例で示された住所の要件を独自の見解で解釈して適用して、当該期間中、佐藤の生活の本拠が東村山市にないと主張するにすぎないものであって、合理的かつ客観的根拠に基づいた主張とは認められないというべきである。
 すなわち、例えば、申立人は、佐藤の家族である配偶者及び子が日野市内に居住し、東村山市に住民登録をしている佐藤とは別居している点をとらえて、家族構成が減ったのに間取りが広く家賃の高い住居に住むのは経験則上ありえないから、佐藤の生活の本拠は東村山市にない等と主張しているが、家族と別居していたり、別居した家族の住居が従前よりも間取りが広いなどの事情があれば、なぜ、佐藤の生活の本拠が東村山市にないといえるのか、合理的な根拠は何ら示されていないし、申立人のいう経験則がどのようなものかも不明といわざるを得ない。
 また、申立人は、佐藤が日野市の家族の住居であるマンションの直近に駐車場を賃借していることや、離婚しておらず財産分与していないこと等から、日野市にその管理すべき財産を所有しており、東村山市に佐藤の生活の本拠がない等とも主張している。
 しかし、家族の住居の近くに駐車場を借りることや離婚をしていないことをもって、佐藤に係る財産が日野市内で管理されているといえるかは、まったく不明であるといわざるを得ない。
 申立人のその他の主張も同様というべきであって、これをもって、平成15年4月27日執行の東村山市議会議員選挙に立候補して当選し、4年間の任期を満了して、本件選挙に立候補して当選した佐藤について、当該期間中、東村山市に生活の本拠がなかったことを合理的に認定できる根拠とは到底なりえないものというべきである。
 その他、申立人は、佐藤が住所を東村山市に移動させたのは、東村山市議会議員選挙に立候補するために形式的に住民登録したにすぎない等とも主張している。
 しかし、市議会議員選挙に立候補することを目的として住民登録を移動することは禁止されておらず、特定の地方公共団体の議決機関である議会の構成員である議員になることを希望する者は、いずれも法及び地方自治法の規定で住所要件を満たさなければならないのであるから、これをもって、当該期間に佐藤の生活の本拠が東村山市になかったことの根拠とすること自体失当というべきである。
エ なお、本件審査に提出された資料によれば、佐藤は、東村山市に転入時に住民登録した住所に所在するアパートの賃貸借契約を平成17年5月に更新継続していること、光熱費等の公共料金も継続的な使用実績が認められるとともに、これに伴う支払いがなされていること、市民税も住所地で納税していること、東村山市内で移動用車両のための駐車場に賃貸借契約もなされていること等の事実が認められる。
 これらの事情を併せ考慮するなら、仮に、佐藤が家族と別居しているとしても、当該期間を含めて佐藤の生活の本拠は継続的に東村山市にあったと認められ、これに反する事情は認定できないというべきである。
オ 市委員会は、本件異議申出を受理し、申立人の主張、調査結果、利害関係人として本件異議手続に参加した佐藤の意見書及び法で規定される被選挙権の要件となる住所の認定に関する判例等の審査資料を総合的に判断した結果、当該期間における佐藤の住所は東村山市にあるとして、本件異議申出を棄却する内容の原決定をしたものと認められる。
 そして、以上のとおり、当委員会が総合的に判断しても、原決定は、法令に規定に従って適正になされているというべきであり、申立人の主張には理由がない。
(4)その他、原決定に違法又は不当な点は認められない。

3 以上のとおり、申立人の本件審査の申立てにおける主張はいずれも理由がなく、本件異議申出を棄却した市委員会の原決定は正当であり、これを取り消す理由がない。
 よって、法第216条第2項において準用する行政不服審査法(昭和37年法律第160号)第40条第2項の規定に基づき、当委員会は、主文のとおり採決する。

平成19年10月10日
東京都選挙管理委員会
委員長 小倉 基

公職選挙法第207条の規定により、この裁決に不服があるときは、当委員会を被告として、この裁決書の交付を受けた日又は同法第215条の規定による告示の日から30日以内に、東京高等裁判所に訴訟を提起することができる。
(了)

2009年9月20日:ページ作成。
最終更新:2009年09月25日 08:24