黒田大輔・落書き名誉毀損裁判(第1次)1審判決

平成21年9月10日判決言渡
平成20年(ワ)第1033号 損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日 平成21年7月16日

判決

原告 宇留嶋瑞郎
被告 黒田大輔

主文
1 被告は、原告に対し、50万円及びこれに対する平成20年9月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを4分し、その3を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求
1 被告は、原告に対し、200万円及びこれに対する平成20年9月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、被告が運営するインターネットブログ「行政書士、社労士のぼやき」トップページにおいて別紙1記載の謝罪広告を別紙2記載の条件にて1週間掲示せよ。

第2 事案の概要
 本件は、被告が、被告の開設するインターネットのブログ上にフリーライターである原告の写真等を公開したことは、原告の肖像権を侵害し、また同写真の説明書として「創価工作員」などと記載した行為は、名誉毀損にあたると主張して、被告に対し不法行為に基づく損害賠償として200万円及びこれに対する不法行為の日(ブログ掲載日)である平成20年9月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払とともに、被告の開設するブログ上に謝罪広告の掲載を求めた事案である。
1 前提事実(争いがない事実及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1)原告は、元株式会社月刊タイムス社の社員であり、現在、フリーのライターとして雑誌等に寄稿している者である(弁論の全趣旨)。
(2)被告は、行政書士、社会保険労務士であり、インターネット上に「行政書士、社労士のぼやき」と題するブログ(以下「本件ブログ」という。)を開設している(争いがない)。
(3)被告は、平成20年9月1日、西武新宿線東村山駅前で行われた「創価学会の「疑惑」に沈黙するな!東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明」と称する街宣活動に参加した(争いがない)。
(4)被告は、別紙3のとおり、本件ブログ上の平成20年9月5日付けの記事に、前記(2)の街宣活動の様子を写真撮影している原告の写真(以下「本件写真」という。)を掲載した(争いがない)。
(5)本件写真の原告の顔面には「犬 作 命」と書き込みがされており、顔面からは「捏造マンセー」と記載した吹き出しが記載されている(争いがない)。
(6)本件写真の説明書として、「我々を監視する創価工作員(左側が、誘導工作記事を垂れ流している自称ジャーナリストのウンコ野郎です)」との記載(以下「本件写真説明」という。)がされている(争いがない)。
(7)被告は、本件ブログ上に、「朝木明代さんが万引きしたとデッチあげた創価学会員が経営するブティック「●●●●」前の動画」(以下「本件動画」という。)と記載し、その下に、原告の姿が写っている動画が掲載されている「ユーチューブ」という動画サイトにリンクするためのアドレスを掲載した(争いがない)。
(8)上記(4)ないし(7)の写真等については、本件口頭弁論終結時には既に削除され、インターネット上には掲載されていない(弁論の全趣旨)。
2 争点
(1)名誉毀損の成否
ア 摘示内容及び原告の社会的評価の低下の有無
(原告の主張)
 本件写真説明は、原告が「創価工作員」であり、「誘導工作記事を垂れ流している自称ジャーナリスト」であるとの事実を摘示するものである。本件写真説明は、原告が取材に基づき中立、公正な記事を書いているジャーナリストではなく、「創価工作員」として事実を曲げ、読者に対して創価学会に有利な印象を持たせる偏向記事を垂れ流していると断定するものであり、原告の社会的評価を低下させるものである。
 また、本件写真説明における「ウンコ野郎」との記載や本件写真に施された「捏造マンセー」などの書き込みは、原告を侮辱し、名誉感情を傷つけるものである。
(被告の主張)
 争う。
 本件写真説明のうち、原告が事実の摘示であると主張する部分についてはいずれも具体的事実の摘示ではなく、「創価工作員」と評価できる原告と創価学会との関係について世論の注意を喚起したものであり、原告の言動全般に対する意見の表明たる論評である。
イ 摘示内容の公益性、公益目的
(被告の主張)
 創価学会に関する事項は、「公共の利害に関する事実」であって、本件写真説明は、創価学会の工作員である原告と創価学会との関係についての世論の注意を喚起するのが趣旨であるから、公益目的であることは明らかである。
(原告の主張)
 争う。
ウ 摘示内容の真実性ないし真実と信じたことの相当性
 (略)
(2)人格的利益の侵害(肖像権侵害)の有無
 (略)
(被告の主張)
 (略)
エ 原告は、平成20年9月1日の街宣活動の際、被告らの再三にわたる制止と警告を無視し、参加者を無断で撮影して不審な取材活動に従事し、違法に被告らの肖像権を侵害した。その際、被告が原告に対し、無断撮影を止めなければ原告を撮影して画像を公開する旨を通告したにもかかわらず、原告はこれを無視して被告らを撮影し続けたのである。したがって、本件写真等が公開されたとしてもこのことは予告済みでなされたことであり、原告は上記予告をされたにもかかわらず撮影を中止しなかったのであるから、少なくとも黙示的には原告が同人の写った画像の公開を承諾していた事実があるといえる。したがって、被告が原告の写真を撮影し本件ブログ上に掲載する行為及び本件動画を閲覧できるサイトのアドレスを掲載する行為は肖像権の侵害にはならない。
(3)損害(金銭請求及び謝罪広告)
 (略)

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(名誉毀損の成否)について
(1)本件写真説明の摘示内容及び原告の社会的評価の低下の有無について
 本件写真説明は、その内容及び本件写真の内容からして、原告と創価学会が密接な関係を有しており、原告が創価学会の意を受けて事実とは異なる創価学会に有利な内容の記事を書いているとの事実を記載したものであり、これは、本件ブログを閲覧した者をして、原告が創価学会の意を受けて事実と異なる内容の記事を書く者であるとの印象を抱かせるものであるから、雑誌などに執筆活動をしている原告の社会的評価を低下させると認められる。
 なお、被告は、本件写真説明は原告の言動全般に対する意見の表明たる論評である旨主張するが、その表現内容からすれば事実を摘示したものであることは明らかである。
(2)本件写真説明の公共性及び公益目的について
ア 民事上の不法行為たる名誉毀損については、(以下、違法性阻却事由の説明のため略。公共性・公益性について)
イ そこで、上記各観点から、まず本件写真説明の摘示事実が公共の利害に関する事実であるか検討すると、本件摘示事実は、私人である原告と宗教法人である創価学会の関係に関する事実であるところ、原告は、雑誌などをとおして執筆活動を行っているものの、あくまでも個人として活動していること、原告の言動が社会に及ぼす影響力が大きいとも認められないことなどに鑑みれば、原告と宗教法人である創価学会の関係については、一般多数人の利害に関する事実とは認められない。
 また、被告は、本件写真説明は、創価学会の工作員である原告と創価学会との関係についての世論の注意を喚起するのが趣旨であり、公益目的がある旨主張するが、本件写真説明の文言や本件写真に記載された書き込みの内容からすると、被告の目的は、主には原告及び創価学会を誹謗中傷することであると推認され、公益目的は認められない。
2 争点(2)(人格的利益の侵害(肖像権侵害)の有無)について
(1)人は、みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する(最高裁判所昭和44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照)が、人の容ぼう等の撮影が正当な取材行為等として許されるべき場合もあるのであって、ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは、被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきであり、人の容ぼう等の撮影が違法と評価される場合には、その容ぼう等が撮影された写真を公表する行為は、被撮影者の上記人格的利益を侵害するものとして、違法性を有するというべきである(最高裁判所平成17年11月10日判決・民集59巻9号2428頁参照)。
 以下、本件写真等について検討する。
(2)本件写真について
ア 前提事実によれば、本件写真は、平成20年9月1日、西武新宿線東村山駅前で行われた「創価学会の「疑惑」に沈黙するな!東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明」と称する街宣活動の様子を写真撮影している原告を、原告の承諾を受けることなく撮影したものと認められる。
 本件写真は、駅前という不特定多数の者が立ち入り可能な空間で撮影されたものであり、また、同所で行われた街宣活動の様子を取材していた原告の姿を撮影したものであるから、ある程度人目にさらされることを予定しているとも考えられる。
 しかしながら、争点(1)で認定したとおり、本件ブログ上に掲載された本件写真及び写真説明の内容に公共性が認められず、その掲載目的にも公益性が認められないことからすると、本件写真を撮影する必要性が高いものとも認められないから、本件写真撮影は受忍すべき限度を超えるものとして違法であり、したがって、本件ブログ上に本件写真を掲載する行為は、原告の人格的利益を侵害するものとして、違法である。
イ この点被告は、少なくとも黙示的には原告が同人の写った画像の公開を承諾していた事実がある旨主張するが、被告が主張する事実の存在を前提としても、同事実からは原告が写真の撮影及び掲載を承諾していたことを推認することはできないことは明らかである。
ウ また、被告は、本件動画により、既に原告の顔の映像が公表されていたことを根拠として被告が原告に承諾を求める理由も必要もない旨主張する。しかし、前記(1)記載のとおり、人の容貌等の撮影ないし公表が違法と評価されるか否かは、撮影場所や撮影目的等を総合考慮の上、その撮影内容ごとに判断されるべきものであるから、原告の映像が既にインターネット上で公開されているからといって、直ちに原告の承諾なく原告の容貌等の写真を公表することが許されるものではないことは明らかである。
エ さらに、被告は、本件写真には、顔の特定を困難にすることを主たる目的とした書き込みがされており、また、本件ブログ上には原告の氏名、住所等、個人を特定する他の情報が一切掲載されておらず、一般の読者が本件ブログ記事から直接原告を特定することはできない旨主張する。しかし、本件写真(別紙3)によれば、原告の両目と額に書き込みがされているだけで、原告を知る者が見れば本件写真に写っている者が原告であることは十分識別可能である。また、人の容貌等の撮影についての人格的利益の侵害においては、人の容貌等を無断で撮影し、公表する行為に違法性が認められるのであって、公表された写真等に個人を特定するための情報が掲載されているか否かは、人格的利益の侵害の成否そのものを左右しない。
オ 以上によれば、被告が本件写真を撮影し、公表した行為は、原告の人格的利益を侵害するものとして、違法である。
(3)本件動画について
 前提事実によれば、被告は、本件ブログ上に原告の姿が映っている動画が掲載されている「ユーチューブ」という動画サイトにリンクするためのアドレスを掲載したが、本件動画を撮影し、インターネット上で公表したのは被告以外の第三者であることが認められる。
 まず、原告が写っている動画が掲載されている動画サイトにリンクするためのアドレスを掲載する行為自体に動画掲載とは別途の人格的利益の侵害が成立するかが問題となるが、既に他のサイトで公表済みのものであるとはいえ、自己の開設するブログ内でブログの一内容として本件動画アドレスを掲載し本件動画サイトを閲覧しうる状態におくことは、本件動画について別途の公表行為に当たるとの評価も可能である。しかしながら、本件動画を公表することについての人格的利益の侵害を考えるに当たっては、第一次的には本件動画の撮影及び本件動画の公表行為の違法性を問題とすべきであること、インターネット上ではあるサイトから別のサイトを閲覧することは自由であること、本件動画が削除されてば当然本件ブログ内からも本件動画を閲覧することができなくなることからすると、仮に本件動画の撮影及び公表に違法性があったとしても、本件動画サイトにリンクするためのアドレスを掲載する行為は、原告との関係において別途の人格的利益の侵害を構成するほどの違法性は存しない(ママ)考えるのが相当である。
 以上によれば、被告が本件動画を閲覧するためのアドレスを掲載した行為は、原告の人格的利益を侵害するものではない。
3 争点(3)(損害)について
(1)慰謝料
 以上の次第で、被告が本件ブログ上に本件写真及び本件写真説明を掲載したことは原告に対する不法行為となるところ、本件写真及び本件写真説明の内容やこれらがブログに掲載されていた期間等本件に現れた一切の事情を総合勘案するならば、原告の精神的損害に対する慰謝料としては50万円(肖像権侵害につき10万円、名誉毀損につき40万円)を認めるのが相当である。
(2)謝罪広告の必要性
 原告は名誉回復措置の請求として謝罪広告の掲載も求めるが、本件写真等が本件口頭弁論終結時には既に削除されていること、この判決により原告の名誉の回復が図られるものと考えられることからすれば、被告に対して上記損害の賠償を命じることに加えて本件ブログ上に謝罪広告の掲載まで命じる必要があるとは認められない。

第4 結論
 以上によれば、原告の主張する肖像権侵害及び名誉毀損を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求は50万円の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないので、この限度で認容して、その余を棄却することとし、主文のとおり判決する。

さいたま地方裁判所川越支部第2部
裁判官 峯金容子

(了)
(ソース:りゅうオピニオン


2009年11月6日:ページ作成。
最終更新:2009年11月06日 18:16