「自作自演」裁判(朝木直子・矢野穂積vs宇留嶋瑞郎ほか)第1審判決

平成21年11月13日判決言渡
平成19年(ワ)第2118号 損害賠償等請求事件

原告 朝木直子
原告 矢野穂積
被告 宇留嶋瑞郎
被告 株式会社月刊タイムス社

主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告朝木直子(以下「原告朝木」という。)に対し、連帯して200万円及びこれに対する本訴状送達の日(被告宇留嶋瑞郎について平成19年9月22日、被告株式会社月刊タイムス社について同月27日)の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告矢野穂積(以下「原告矢野」という。)に対し、連帯して200万円及びこれに対する本訴状送達の日(前項に同じ)の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、原告らに対し、「月刊タイムス」に別紙記載の謝罪広告を別紙記載の条件により1回掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は、被告宇留嶋瑞郎(以下「被告宇留嶋」という。)が執筆し、被告株式会社月刊タイムス社(以下「被告タイムス社」という。)が発行する「月刊タイムス」平成18年5月号(以下「本件雑誌」という。)に「『朝木宅襲撃事件』は『草の根』得意の自作自演」との見出し(以下「本件見出し」という。)が付された別紙記事(以下「本件記事」という。)を掲載されたことにより、原告らの名誉が毀損されたとして、原告らが、本件記事の執筆者である被告宇留嶋、本件雑誌を発行した被告タイムス社に対し、不法行為に基づき、本件記事につき総額400万円の損害賠償金及びその遅延損害金の支払、謝罪広告の掲載をそれぞれ求めた事案である。
1 前提事実(証拠を掲記する以外の事実は当事者間に争いがない。)
(1)ア 原告朝木、同矢野は、いずれも東村山氏議会議員であり、同市議会において、「草の根市民クラブ」という名称の会派を結成している。
イ 原告朝木は、東京都東村山市諏訪町の自宅(以下「朝木宅」という。)に単身で居住している(原告朝木直子)。
(2)ア 被告宇留嶋は、被告株式会社月刊タイムス社(以下「被告タイムス社」という。)の社員であったが、同社を退社した後、フリーライターとして被告タイムス社の発行する「月刊タイムス」に専ら原告らにかかわる記事を執筆している。
イ 被告タイムス社は、「月刊タイムス」との誌名の雑誌の発行会社であり、同誌に被告宇留嶋が執筆した原告らにかかわる記事を掲載している。
(3) 被告宇留嶋は、「『朝木宅襲撃事件』は、『草の根』得意の自作自演」との本件見出し、東村山市議会議場内の原告両名の写真及びこれの添え書き(以下「写真添え書き」という。)をそれぞれ付した本件記事を執筆し、被告タイムス社は、本件記事を本件雑誌(62頁から65頁まで)に掲載し、発行した。
2 争点
 本件記事によって原告らの社会的評価は低下したか。
3 争点等に関する当事者の主張
(原告の主張)
(1)ア 平成18年2月5日午前6時20分ころ、男((註)原、被告の主張の中には、この男について、「暴漢」、「犯人」、「被疑者」、「犯人N」などと表記されている部分があるが、本件記事を引用する場合を除き、以下「男」という。)が朝木宅敷地に侵入し、原告朝木らの110番通報により警察官に取り押さえられるまで約30分間にわたって、朝木宅1階南側サンルームのガラス引き戸を激しく執拗に足蹴りし、「テメェ、この野郎、でてこい! ぶっ殺してやる!」などと叫んで原告朝木を脅迫して原告朝木を恐怖に陥れ、同ガラス戸を蹴破って室内に侵入し原告朝木を殺害しようとしたが、同ガラス戸が強化ガラス製で割れなかったため、原告朝木は危うく難を逃れたという事件(「朝木宅襲撃事件」。以下「襲撃事件」「襲撃」、「議員宅襲撃事件」とあるのは、いずれも「朝木宅襲撃事件」を指す。)が発生した。
イ 原告矢野は原告朝木の緊急連絡により現場に駆けつけ、男を確認した。男は、110番通報により臨場した東村山警察署員によって身柄を拘束され、同署において取り調べを受けた。原告朝木は、同日午前、同警察に赴き、被害届を提出した。その後、東村山警察は東京地方検察庁八王子支部(当時。以下同じ)に書類を送致し、その結果、男は起訴猶予処分になった。
(2)ア 名誉毀損行為
被告宇留嶋は、原告両名の写真付きで本件記事を執筆し、被告タイムス社は、本件雑誌にこれを掲載、発行したことにより、被告らは、一般読者らに対して、「原告らはありもしない朝木宅襲撃事件を自作自演した」との印象を与え、原告らの名誉を毀損した。
イ 名誉毀損記述
 本件記事における名誉毀損の摘示事実又は論評(後記のとおり、本件記事は事実を摘示したものであるが、仮に一部を論評又は意見の表明であるとした場合)の基礎事実(以下「本件摘示事実等」という。)は、以下のとおりである。
〔1〕原告朝木は男の釈放に応じた(「釈放承諾部分」(5)(7)(8)(丸数字は後記の本件記事の記述部分を指す。))
〔2〕原告朝木は男の釈放に応じた後、原告矢野にそそのかされて被害届を提出した(「釈放承諾後の被害届提出部分」(5)(8))
〔3〕本件「襲撃事件」には事件性がない事実(「本件『襲撃事件』には『犯罪事実がない』部分」(1)(2)(6)(7))
〔4〕警察は被疑者を書類送検すらせず釈放しその時点で事件は終わった(「書類送検もなく釈放され事件が終わった部分」(2)(6)(7))
〔5〕(警察が男を書類送検もせず釈放し)事件は釈放の時点で終わっているにもかかわらず、酔っ払いを装った男を使って、はじめからありもしない「襲撃事件」があったかのように原告らは自作自演した(「本件『襲撃事件』は『自作自演』部分」(1)(2)(3)(4)(7)(8))
(本件記事における記述部分(別紙記事に(1)ないし(8)を付したかぎ括弧付きの部分。以下「記述部分」という。))
(1) 矢野穂積と朝木直子(いずれも現東村山市議)が主張する「襲撃事件」とは、平成18年2月5日午前6時20分ごろ、酔っ払いを装った40代の男が直子宅の敷地内に侵入し、「出てこい、この野郎」などと叫びながら、ガラス窓を何度も足蹴りしたとする事件である。
(2) 東村山署員は男を連行。取り調べの結果、男はひどく酒に酔っていたことが判明。東村山署は事件性なしとして男を釈放した。
(3) 「朝木宅襲撃事件」は「草の根」得意の自作自演[本件見出し]
(4) ありもしない「襲撃」話を市議会で取り上げた矢野。市民の同情を買うためにほかならない(3月3日)〔写真添え書き〕
(5) では直子はなぜ、いったんは釈放に応じたにもかかわらず、その後、被害届を提出した(のか。)
(6) 警察が被疑者を書類送検もせず釈放した
(7) 事件はその時点で終わった
(8) 直子がいったん釈放を了承し、その後に態度を変えた背景には、直子に翻意をそそのかした人物がいたと考えるのが自然である。その人物とは、事件の日、現場に駆けつけた矢野以外には考えられなかった。
第3 争点に対する判断(以下、証拠は文中あるいは文末の括弧内に掲記する。)
1 前提問題について
(1)被告らは、本件記事には論評あるいは意見の表明(以下「論評等」という。)とされる部分が含まれるところ、記述部分(3)ないし(8)(被告らの主張によると、記述部分(5)ないし(8)は被告宇留嶋の意見であり、記述部分(3)、(4)は被告宇留嶋の意見論評である。)は論評等である旨主張(最終準備書面)するので、まず、この点について検討する。
(2)ある表現行為が事実の摘示であるか、論評等であるかの区別の基準については、原則として、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張している場合が事実の摘示であり、証拠によっては決し得ない場合が論評あるいは意見の表明と解すべきである。そして、これの判断に当たっては、記事中の名誉毀損の成否が問題となっている部分について、そこに用いられている語のみを通常の意味に従って理解した場合には、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張しているものと直ちに解せないときにも、当該部分の前後の文脈や記事の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮し、上記部分が、修辞上の誇張ないし強調を行うか、比喩的表現方法を用いるか、又は第三者からの伝聞内容の紹介や推論の形式を採用するなどによりつつ、間接的ないしえん曲に前記事項を主張するものと理解されるならば、同部分は、事実を摘示するものと解すべきである。また、上記のような間接的な言及は欠けるにせよ、当該部分の前後の文脈等の事情を総合的に考慮すると、当該部分の叙述の前提として前記事項を黙示的に主張するものと理解されるならば、同部分は、やはり、事実を摘示するものと解することができる。
 上記したところに従って、本件記述部分の前後の文脈等の事情を含めて検討すると、記述部分(5)、(6)、(7)は証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張している場合に当たると解することができるが、その余の記述部分は、被告らの主張するようにいずれも論評等に当たると解する余地がないではない。しかしながら、記述部分(8)については、その表現の体裁からは、被告宇留嶋の意見の表明とも考えられないでもないが、同記述は、「直子がいったん釈放を了承し、その後に態度を変えた」との記述を受けて、「直子に翻意をそそのかした人物がいたと考えるのが自然である。」と被告宇留嶋の推測を述べた上で、「その人物とは、事件の日、現場に駆けつけた矢野以外には考えられなかった。」と断定しているのであって、一部被告宇留嶋の推測を交えているものの、この記述部分の全体は、事実の摘示をしたものとみるのが相当である。ところが、本件見出し(記述部分(3))は、これと一体をなす本件記事の記載内容に照らすと、本件記事に記載されている「朝木宅襲撃事件」について、被告宇留嶋の印象による結論部分を要約して記述したものとみられ、記述部分(4)は、被告宇留嶋の印象による「『襲撃』事件」が存在しないことを表明し、併せて同「『襲撃』事件」を東村山市議会で取り上げたことを記述しているものとみられるから、本件記事の全体の趣旨に照らすと、本件見出し及び写真添え書きは被告宇留嶋の論評等とみるのが相当である。
 したがって、本件記事のうち、論評等とみられるのは、記述部分(3)、(4)にとどまり、その余は、いずれも事実の摘示というべきである。
2 争点について
 以下、事実の摘示又は論評等(以下、事実の摘示と論評等を併せていうときは「事実摘示等」という。)が原告らの社会的評価を低下させたか否かを検討する。
 ところで、新聞、雑誌などの記事等の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該記事等における断片的な文言やそこで用いられている語からだけではなく、当該文言ないし語が用いられている前後の文脈、当該記事等の趣旨、その記事の目的等の諸般の事情を総合的に斟酌した上で、当該記事等についての一般読者の普通の注意と読み方を基準として、これによって一般の読者が当該記事等の記述から受ける印象及び認識に従って判断する必要がある。
 そこで、上に述べたところに従って、以下、検討する(なお、検討に当たっては、便宜上、〔5〕の検討を先にする。)。
(あ)(「本件『襲撃事件』は『自作自演』部分」((1)(2)(3)(4)(7)(8))について
(1)ア(ア) 記述部分(1)は、被告宇留嶋が、本件記事において『朝木宅襲撃事件』の内容を記述した部分であり(なお、ここでいう「襲撃事件」の意味内容について争いがあるので、この点については後記する。)、記述部分(2)、(7)及び(8)は、東村山警察書院が男を連行したが、酒に酔っていたことが判明して同警察が男を釈放し(記述部分(2))、事件はその時点で終わった(記述部分(3))が、原告朝木がいったん釈放を了承し、その後に態度を変えたのは、原告矢野が原告朝木に翻意をそそのかしたと考えられる(記述部分(8))との部分である。
(イ) そこで、検討するに、犯罪の被害者がその被害に係る被害届を警察に提出するか否かは、その意思に基づくものであるから、仮にその後従前の態度を翻して被害届を提出したとしても(もっとも、本件記事は、男が釈放された理由を原告朝木がいったん釈放を了承したとの推測に求め、これにより事件は終わったと判断し、これらの推測、判断を前提に原告朝木は態度を翻して被害届を提出したと記述しているのであって、その前提事実に対する被告宇留嶋の認識に基づく同記述部分の当否については、後記する。)、社会的にみても非難に値するとはいえず、また政治的立場を同じくする原告矢野から被害届を提出することを勧められ、原告朝木がそれに従ったとしても、原告朝木の人格に対する非難を招き、あるいは原告朝木の危うくするおそれはないこと、また同記述部分は原告朝木に対する批判を含んでいるとは読み取ることができないことなどを考え併せると、同記述部分は原告朝木の社会的評価を低下させるものではないというべきである。そして原告矢野についても、原告朝木が男の釈放を了承して事件を終息させる意向を示したにもかかわらず、同原告をそそのかして翻意させ、被害届を提出させたことは、原告矢野が同朝木に被害届を提出するように「そそのかした」としても(もっとも、「そそのかした」との語は一般にやや否定的な意味合いで用いられる語であるから、被告宇留嶋の原告矢野に対する態度をこの語の使用によってうかがい知ることができるが、この語の使用をもって直ちに当の相手方に対する批判的言辞と解することはできない。)、そのことが原告矢野に対する批判を意味するものとは読み取ることができず、原告矢野の社会的評価を低下させるものということはできない。
イ(ア) 記述部分(3)に関する原告らの主張を要約すると以下のとおりである。
 被告宇留嶋は、本件記事において、「矢野穂積と朝木直子(いずれも現東村山市議)が主張する「襲撃事件」とは、平成18年2月5日午前6時20分ごろ、酔っ払いを装った40代の男が直子宅の敷地内に侵入し、「出てこい、この野郎」などと叫びながら、ガラス窓を何度も足蹴りしたとする事件である。」と「朝木宅襲撃事件」の内容を記述し、また「自作自演」の語を「自らつくり、自ら演じる」ものであると認めているのであるから、一般読者が普通の注意と読み方に従って「『朝木宅襲撃事件』は『草の根』得意の自作自演」との本件見出しを読めば、あたかも「朝木宅襲撃事件」は、原告朝木が自ら作り、被害者を自ら演じたとしか理解のしようがない。すなわち、被告宇留嶋は、原告朝木が酔っ払いを装った男を使って原告朝木の敷地に侵入させ、ガラス戸を蹴破ろうとするなどの行為をさせた上で、原告朝木が自ら被害届を装った事件であるとの虚偽の記載をしたというほかないのである。
(イ) ところで、被告宇留嶋が「朝木宅襲撃事件」について本件記事を執筆するについて参考にしたとみられる週刊誌の記事(被告宇留嶋は、下記両誌の同事件に関する記事は正確である旨の認識を示している(被告宇留嶋瑞郎)。)の概略を示すと、以下のとおりである。
a 「週刊新潮」(平成18年2月23日号(乙4))
 見出し(「謎の墜落死『東村山市議』宅に今度は『暴漢乱入』」)、リード記事に続き、記事本文は、「(略)そんな彼女の身に災難が降りかかったのは2月5日のことだった。」との前置きに続いて、主に原告朝木がインタビューに答える形式で(以下、括弧内は原告朝木が語った内容として記載された以外の地の文を要約等したものである。)、午前6時20分ころ、自宅の2階で寝ていたところ、外で男のわめき散らす声が聞こえてきたこと、(門を開けて敷地に侵入してきた男が)ジャリ、ジャリと敷石の上を歩く音が近づいてきたこと、男は1階にあるサンルームの前までくると窓ガラスをドンドンとたたき始めたこと、(この窓は強化ガラスでできている旨の説明に続いて)男はガラスがびくともしないでイラついて、何度も何度も家が揺れるくらいにガラスを強く蹴りつけながら、“てめぇ出て来い””出て来い!この野郎”と何度も叫んだこと、(原告朝木の通報を受けたパトカーが駆けつけてきた後)酔っぱらっているように見えた男は警官の姿を見ると急におとなしくなったこと、警官たちに連れられて外に出た男に原告朝木が“ちょっとあんた誰よ!?”と聞くと、男が”誰じゃねぇよ、この野郎”と怒鳴ったこと、男は“親戚の家に似ているので間違えた”と言い出したこと、男は警察によれば常習の酔っ払いで、あちこちで酒を飲んでは迷惑をかけ、警察のやっかいになっているらしいこと、(男は家宅侵入や脅迫行為の現行犯にもかかわらず、なぜか釈放されてしまう)との記述に続き、原告朝木は、納得できず、すぐに被害届を出したこと、後日、男が警察に残した住所と名前を確かめたところ、その住所には別の人が住んでいたこと、以上が原告朝木の語った内容として記述され、この記事は、(単なる酔っ払いがウソをついたのか、それとも―朝木さんでなくとも、空恐ろしくなる話ではある。)で結ばれている。
b 「週刊実話」(平成18年3月9日号(乙5))
 見出し(「謎の自殺から11年 東村山・朝木市議の実娘を襲った怪事件」)に続き、記事本文には、原告朝木が事件の模様を語ったとして、自宅の2階で寝ていたところ、わめき散らす男の声が聞こえてきたこと、男は敷地に押し入ってきて、「てめぇ、出てこい、このヤロー」などと怒鳴りながら、1階のサンルームのガラスをたたき始めたこと、(「朝木市議は、男が自分の自宅を目指して侵入してきたと確信したという。」)との記述に続いて、男はガラスをたたいていたが、今度は家が揺れるほどの激しい蹴りに強い恐怖を覚えたこと、(ガラスが強化ガラスであったこと、「男による脅迫行為は10分以上続いたが、110番通報によって駆けつけた警察官によって身柄を取り押さえられたという。」)との記述に続き、警察が来ると男はおとなしくなったこと、原告朝木が「あなた、誰なの」と問い詰めると、男は「誰じゃねぇよ、このヤロー」と毒づくなど原告朝木に対する敵意をあらわにしたことなどが記述され、(「東村山警察署は、住居不法侵入や器物損壊、脅迫行為の現行犯であるにもかかわらず、『酔ってこれまでにもしばしばトラブルを起こしている常習者である』などとして、保護した後に釈放する姿勢を見せたという。」)ことが記述された後、さらに、原告朝木の語った話として、とても酔っているようには見えなかったが、警察は、単なる酔っ払いのいたずらだから保護した後に釈放するというので、納得できずにすぐに被害届を出したこと(原告朝木が男の住所記録を開示請求した結果、男の住所が判明したこと、本誌(「週刊実話」)が取材したところ、男の供述した住所には別人が住んでいることが判明したことの記述に続いて、朝木市議の関係者がその居住者に問い合わせたところ、N((註)男のイニシャル)なる人物は知らないと答えたこと)などが記述され、記事の末尾を(いったいこの人物は誰で、何の目的があって市議宅に侵入し、脅迫行為を行ったのか。自殺と判断された母親の朝木明代市議の転落死も謎を呼んだが、今回の暴漢侵入事件も極めて不可解としか言いようがない。)と結んでいて、前記「週刊新潮」とほぼ同じ内容の記事になっている。
c 原告朝木は、本人尋問において、「週刊新潮」及び「週刊実話」の記事の内容にはかなり事実と違うところもあると供述し、事実と違うところとして、原告朝木宅の敷地には「週刊新潮」の記事にあるような敷石がないので「ジャリ、ジャリと敷石の上を歩く音」(「週刊新潮」)はしないこと、両誌の記事のうち、男がガラスを手でたたいている状況は見ていないこと、酔っぱらっているように見えた男は警官の姿を見ると急におとなしくなったとは記者には話していないこと、原告朝木は男とは話をしていないので、男が“親戚の家に似ているので間違えた”と言い出したことは聞いていないこと、記者には「てめぇ、ぶっ殺してやる」との男の発言を伝えていることなどを挙げている(原告朝木直子)。しかし、原告朝木が両誌の記者の取材に応じていたことや両誌の記事は内容がほぼ同じであることからすると、両誌の記事には週刊誌の記事に特有の誇張はあるとしても、原告朝木が取材に応じて語った内容をほぼ忠実に再現しているものとみられる(ところで、原告朝木は前記のとおり、取材を受けた際、記者には「てめぇ、ぶっ殺してやる」との男の言葉を伝えた旨を供述しているが、原告朝木が記者にそのことを伝えていたというのであれば、この種の記事の性質上、記者があえてこの言葉を記事に書かなかった理由は見出し難いから、原告朝木が男の言葉を記者に伝えていなかったか、あるいは、原告朝木の供述(同原告は、両誌の記者の取材を受けて記憶にあるままを語ったものであって、両誌の記事は本筋をゆがめるものではないと供述している。)に照らすと、原告朝木は当日男からそのような言葉を聞いていなかったとの可能性が考えられる。)。
ウ 以上によると、被告宇留嶋が本件記事の冒頭に記載した「襲撃事件」の概要は、ほぼ両誌の記事に沿って記述されたものとみることができる。そして、両誌の記事によると、その主な内容は原告朝木の語ったとされる「朝木宅襲撃事件」は、不審者が朝木宅敷地へ侵入し、大声で怒鳴りながら、ガラス戸を蹴ったとされる事件の域を脱しているものとはみられないから、本件記事の冒頭に記載された「矢野穂積と朝木直子(括弧内略)が主張する「『襲撃事件』とは」で始まる部分(本件記事写真の下段中見出しの次の行から次の段2行目まで)は、不審者による朝木宅敷地への住居侵入を核とする事件として記述されたものとみられないではなく、そうであるとすると、本件見出しは、住居侵入事件として検察庁に送致された事件(甲2)である「朝木宅襲撃事件」が原告らの「自作自演」であることを論評等したものと解する余地がないとはいえない。
エ そこで、次に、この点について検討するが、この検討に当たっては、以下に述べるところを考慮に入れる必要がある。
(ア)被告宇留嶋が本件記事を執筆するについて参考にしたとみられる両誌は、それぞれ「謎の墜落死『東村山市議』宅に今度は『暴漢乱入』」(「週刊新潮」)、「謎の自殺から11年 東村山・朝木市議の実娘を襲った怪事件」(「週刊実話」。同誌は、「襲った」の語の地に黒塗りの図形を用いて「襲った」の語を強調している。)との本件事件が朝木明代事件(「朝木明代事件」とは、原告朝木の母であり、当時、東村山市議会議員であった朝木明代の死因をめぐる事件であり、原告らは同人は殺害されたものであると一貫して主張し、このことが法廷でも争われ、原告矢野がいわゆるパーソナリティーを務めるエフエム東村山の番組「ニュースワイド多摩」はもとより、新聞、週刊誌等のメディアでも取り上げられていた。)と関連性があることをうかがわせる見出しを掲げ、また記事本文の記載内容からも、両誌の記事で紹介された事件が単なる住居侵入事件にとどまるものではないとする雰囲気を漂わせている。
(イ) 一般に、「襲撃」という語は、相手を不意に攻撃する意味を有する語とされるから、通常使われる言葉の用い方に従えば、住居侵入事件(なお、男がガラス戸を足蹴りしたことがあったとしても、この事件を住居侵入事件とみる限り、襲撃の語にはなじまない。)を襲撃事件(襲撃事件あるいは議員宅襲撃事件の言葉は、いずれもかぎ括弧つきで本件記事本文及に散見され、襲撃の言葉は、写真添え書きの中にやはりかぎ括弧つきで見られる。)と表記することは特殊な意味を持たせる以外には使用されないものとみるのが相当である。そして、ある語をかぎ括弧つきで表記するのは、一般に、当該語が引用されたものであることを示すか、あるいは執筆者が当該語の使用に留保を付す場合(たとえば、執筆者が当該語に賛意を示してない場合)である。そこで、本件記事を見ると、襲撃事件の語のほか、事件の語にも、かぎ括弧が付されているもの(たとえば、「この『事件』」()62頁最下段後から5行目))とかぎ括弧が付されていないもの(単に事件と記載されているもの(ただし、「この種の事件」、「明代の事件」、「新たな事件」と表記されているもの及び原告矢野の発言ないしは本音などとして記載されているものを除く。)。たとえば、「この事件」(63頁2段目後から6行目))があり、被告宇留嶋は、本件記事において、かぎ括弧つきの「事件」とかぎ括弧なしの事件を書き分けているとみられ、おおむね、かぎ括弧つきで「事件」と表記するときは、原告らの主張する「襲撃事件」を意味し(上記用法の後者の意味)、単に事件と表記するときは酔っ払い騒動を意味するものと理解することができる(もっとも、本件記事のすべてにわたって厳密に書き分けられているわけではない。)。
(ウ) 自作自演という言葉は、本件記事の中見出し(「自作自演を重ねた『草の根』」)に見られるだけでなく、本件記事本文の中にも散見される(たとえば、「すなわちいずれも矢野と直子による自作自演とみられてもやむを得まい。」(64頁最下段の後2行目以下)、「『草の根』が演じた自作自演の中でも最も滑稽で」(同頁3段16行目以下)、「矢野らが主張したさまざまな『事件』の多くが自作自演だったことを自ら暴露したものといえる。」(65頁後から3行目以下)など)。これらの「自作自演」の意味として、たとえば「『草の根』が演じた自作自演の中でも最も滑稽で」とある部分(65頁3段目16行目以下)において、被告宇留嶋は、「『朝木宅自宅放火事件』と称する事件」は原告らが自ら作り、自ら演じたと書いたものと読むのが通常の読み方であり、一般の読者もそのように読み取るものと解される。
オ 以上に述べたところをもとに、本件見出しを一般読者の普通の注意と読み方を基準として、一般の読者が本件記事の前記の記述を含めた全体の記述から受ける印象及び認識にしたがって判断すると、一般の読者は、原告らが主張するように本件見出しを「朝木宅襲撃事件」は原告らが不審者(酔っ払いを装った男)を使って住居侵入事件あるいはこれに類する事件を自作し自演したものと読み取るのではなく、むしろ、本件見出しは、「『朝木宅襲撃事件』と称する事件」は原告らの自作自演であるとの論評等として読み取るものと考えられる。すなわち、一般読者は、本件記事本文の冒頭に「朝木宅襲撃事件」について紹介されていても、本件記事を原告らのいうところの「襲撃」事件に関する記事として読むから、本件見出しについても、通常そのように読み取るものと考えられるのである。
カ ところで、新聞や雑誌等の見出しは、本文記事を読ませるためにその内容を限られた字数で簡略・端的に表示して一般読者の注意、関心を喚起するために付されるものであるから、本文記事の内容から著しく逸脱していない限り、ある程度の誇張、扇情的表現はやむを得ない面があるというべきである。この観点からみても、本件見出しは、本件記事本文の内容から著しく逸脱しているということはできない。
キ 以上によると、本件見出しによって原告らの社会的評価が低下したものと認めることは困難である。
(2)写真添え書き((4))についても、以上に述べたところと同様に読み取ることができるから、本件見出しと同様に写真添え書きによって、原告らの社会的評価が低下したものと認めることはできない。
(3)そして、記述部分(1)は、「朝木宅襲撃事件」を紹介した部分であるから、この記述によって原告らの社会的評価が低下することはなく、記述部分(2)、(7)については後記のとおり原告らの社会的評価の低下をもたらさない。
(4)以上によると、「本件『襲撃事件』は『自作自演』部分」((1)(2)(3)(4)(7)(8))に係る事実摘示等が原告らの社会的評価を低下させたと認めることはできないというべきである。
(い)(「釈放承諾部分」((5)(7)(8))について)
(1)ア 本件記事には、「では直子はなぜ、いったんは釈放に応じたにもかかわらず、その後、被害届を提出した((5))のか。」(警察が被疑者を書類送検もせず釈放したということは、)「事件はその時点で終わった((7))」(ということである。しかし、被害者が被害届を提出すれば、事件として終結したことにはならない。警察の受け止め方はともかく、被害を訴える側からすれば、事件は解決していないと主張することはできる。)「直子がいったん釈放を了承し、その後に態度を変えた背景には、直子に翻意をそそのかした人物がいたと考えるのが自然である。その人物とは、事件の日、現場に駆けつけた矢野以外には考えられなかった((8))。」との記述がある。
イ 原告は、「朝木宅襲撃事件」は住居侵入事件として東京地方検察庁八王子支部に書類送検され、男は起訴猶予処分を受けたのであるから、本件記事の同部分は客観的真実にも反し、原告らの名誉を著しく毀損した旨を主張する。
ウ 男が釈放されたこと、原告朝木が被害届を提出したことは、客観的な事実であると認められるが、原告朝木が男の「釈放を了承し」、あるいは「釈放に応じた」との部分は客観的な事実として明らかとはいえない。しかし、記述部分(5)の前に「通常、この種の事件で警察が釈放する場合には一応、被害者(括弧内は略)の了承を得る。つまり、男が釈放されたということは、直子も警察が男を釈放することについていったんは納得していたということであ」るとの記述(62頁3段目9行目から22行目まで)があるから、被告宇留嶋は、かかる推測を前提にして男が「釈放」された理由として原告朝木の「釈放」の「了承」があったと考え、その結果、その旨を記述するとともに「事件は終わった」と記述したものと解することができる。
エ そして、「朝木宅襲撃事件」は原告朝木が被害者とされた事件であって、前記のとおり、被害者が被害届を提出するか否かは被害者の意思によるものではない。また、原告朝木が男の「釈放」を「了承」したとする部分も、被告宇留嶋の前記推測の当否はともかくとして、被害者である原告朝木の名誉にかかわるものとはいえず、「事件は終わった」との事実摘示も原告朝木の名誉にかかわるものとはいえない。なお、記述部分(8)については、前記のとおり、原告らの社会的評価を低下させるものではない。
(2)以上によると、「釈放承諾部分」((5)(7)(8))に係る事実摘示は、原告らの社会的評価を低下させるものとはいえないと解すべきである。
(う)(「釈放承諾後の被害届提出部分」(5)(8))について
 前記(本件『襲撃事件』は『自作自演』部分」((1)(2)(3)(4)(7)(8))及び(「釈放承諾部分」((5)(7)(8))について)において述べたところと同様であるから、「釈放承諾後の被害届提出部分」((5)(8))に係る事実摘示によって、原告らの社会的評価が低下したとはいえないと解すべきである。
(え)(「本件『襲撃事件』には『犯罪事実がない』部分」((1)(2)(6)(7))について
(1)ア 記述部分(1)、(7)は、前記(「本件『襲撃事件』は『自作自演』部分」((1)(2)(3)(4)(7)(8)))、(「釈放承諾部分」((5)(7)(8))について)述べたところと同様であるから、これらの事実摘示によって、原告らの社会的評価が低下したということはできない。
イ ところで、記述部分(6)であるが、前記のとおり、「朝木宅襲撃事件」は住居侵入事件として東京地方検察庁八王子支部に書類送検され、男は起訴猶予処分を受けたから、同部分の摘示事実は客観的真実に反していることは明らかといえる(被告宇留嶋も、書類送検をしなかったと書いてある部分が誤りであったことを認めている(被告宇留嶋瑞郎)。)。しかし、前記のとおり、本件記事は、原告朝木が住居侵入の被害を受けた事件であり、本件記事にも同事件が住居侵入事件であることを示唆する記述(「酔っ払いを装った40代の男が直子宅の敷地に侵入し(た)」とする記述部分(62頁2段目中見出しの次から4行目))があるところ、本件記事の同部分の記述の趣旨・目的は、本件記事の同部分の前後の文脈から判断すると、原告朝木が男の釈放後に被害届を提出したのは原告矢野から被害届の提出を「そそのか(された)」ことによるとの推測を示すことにあったとみられるから、男が「書類送検」されなかったことが事実ではなかったとしても、同摘示事実は、当該記述部分の重要な部分とはみられず、この事実摘示によって原告らの社会的評価が低下したと認めるのは困難である。このことは、記述部分(2)の後段部分についても同様である。
(2)以上によると、「本件『襲撃事件』には『犯罪事実がない』部分」((1)(2)(6)(7))に係る事実摘示等によって原告らの社会的評価が低下したと認めることはできない。
3 結論
 以上によると、原告ら主張に係る事実摘示等によって原告らの社会的評価が低下したものと認めることはできないから、その余の点を判断するまでもなく、原告らの請求は、いずれも理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所立川支部民事第3部
裁判官 桑原宣義
(ソース:りゅうオピニオン。朝木直子宅「襲撃」事件事件の概要参照)


2009年12月31日:ページ作成。
最終更新:2009年12月31日 19:06