世の中には平行世界や多元宇宙、パラレルワールドといった枝分かれした可能性で溢れている。
 それはこの世に存在している人間の数だけ存在し、無限の可能性を秘めている。
 例えば、この世界だってその内の一つである。
 
 《東方幻想学園》

 山奥に小さく存在している学園があった。
 ここに通う生徒数は決して多くは無く、いつ潰れても不思議では無いくらいに少ない。さらにそこの生徒全員と職員は、同じ敷地内に存在する寮で生活をしている。
 学園の周囲には辛うじて生き残っている店が点在し、そこが学生にとって唯一学内以外で物を調達出来る場所だ。
 定期的なバスも無ければ電車も無く、麓の町まで行くのに自転車でも数時間は掛かる道のりの為、誰も行こうとはしないのだった。
 大都市や都会では異常なまでに発達した機械機器があっても、この小さな学園にはそこまで影響は無い。
 これはそんな学園、東方幻想学園に通う少女達の話である。

 第0部『始まりの始まり』


 小さな学園の学長である八雲紫は、革張りのいかにも高級な椅子の背もたれに身を預けて溜め息を漏らした。
 スーツの上着は壁に掛けてあるが、ネクタイを緩めて第二ボタンまで外した姿は、とても学園の学長とは思えない姿である。
「藍ー。藍せんせー」
「……なんでしょうか?」
 隣の会議室に居た八雲藍が、学長室のドアを少し開けて中の様子を伺う。
 同じ苗字ではあるが、家族というわけではない。だがしかし藍の方はスーツをきっちり着て、こちらの方が如何にも先生といった姿だ。
 紫はというと、今度は社長机並みの大きな机に力無く上半身を乗せて顔だけを上げる。
「お茶ちょーだい」
「……わかりました。しかし学長、明日は入学式と始業式ですから、どうかしっかりしてください」
 呆れ口調の藍がそう言いながらドアを閉めた。
 一向に机から起き上がる気配を見せない紫。
「だーるー……やっぱ一人じゃ無理があるわー……」
 それは書類の事なのか、はたまた別の何かかもしれない。とにかく彼女は非常に疲れた様子だった。
 近くにあった書類を手に取って眉を潜ませる。
 そこには半球が描かれ、その中心には学園があった。周辺の建物や森まで詳細に描かれている。
 次に捲ると学園の詳細な見取り図と、先程の半球中心部からの位置関係が書かれていた。
 もう一度溜め息を漏らして、その書類を放り投げた。――と同時に、八雲藍が部屋にノックして入ってきた。
「学長、お茶です」
「はーい。ありがとー」
 体を起こして今度は机から背もたれに身を任せ、目の前に置かれた湯のみを手にとって一啜りした。
「あと、これが先週分の学園破損状況です」
「ごくろー様。下がって良いわよ」
「はい……しかし、何故私達の学園だけがこの様に奇妙な破壊を受けるのでしょうか? しかもその姿は誰も確認出来ず、悪戯にしては悪質極まりないですよ」
 藍の出した学園破損状況の資料には、先程の学園見取り図の所々に赤い印でマークがあり、箇条書きでどの様な破壊を受けたかが書かれていた。
 例えば2階の教室の窓ガラスが一部割れていたり、音楽室の床が数cm穴になっていたり、柱に強打した跡が残っていたり……等々、数えたらキリが無い。
「仕様が無いのよ藍先生。この学園が存在する限り、終わりは無いんですもの……」
「いえ、犯人は必ず見つけます。見回りを強化して防犯カメラの設置を増やします。後程その予算案を出しますので目を通して置いてください」
 一礼して、藍は学長室から出て行った。
「犯人……ね。もし罪人が居るとしたら、私かもしれないというのに……」
 半分ほど飲み終えた湯飲みを置いて、紫は頬杖をついて傍にあったリモコンを手にした。
 置いてあった52V型フルハイビィジョン液晶TVに電源が入る。
 非常に鮮明で美しく映るという昨今のテレビは、映像に映る事で稼いでいる職業の女性には不評で、顔のシミまで映してしまうという事で化粧に今まで以上に専念せざる得ないのだった。
 恐らくそんな中の一人であろうそこそこ美人なニュースキャスターが、今日あった事件等をピックアップしていた。
 チャンネルを変えると、今度は天気予報。
 次にすると子供向けのアニメ。
 さらに次に回すと先程とは別のニュース番組で、複数人が今の政治への討論をしていた。
「……!?」
 急いでチャンネルを戻す。
 アニメでは丁度、主人公の女の子が変身して魔法少女になるシーンだった。
 八雲紫はそれに釘付けになった。
「そうよ……これよ! これだわ! なんで気付かなかったのかしら!」
 非常に嬉しそうに立ち上がり、その場でくるくると舞う。
 疲れなどまるで無かったかの様に明るさを取り戻し、代わりにアニメの中で主人公は敵の触手にやられてピンチの状態。
 もはやこのアニメの魔法少女が敵にやられて無残な姿に晒され様が、味方が登場して敵を逆に剥いてしまおうが、今の紫には興味無いとの事。
 急いで棚から生徒名簿を取り出し、次々と捲っていく。
 そして、一枚の生徒の所で手が止まった。
「まずは博麗霊夢」
 ファイルから取り出して傍らに置き、再度ページを進める。
 もう1枚別の少女が書かれた名簿を取り出す。
「そしてもう一人は――」
 白紙の紙に、紫のペンが踊った。
 八卦炉を中心としたデザインのブレスレットが描かれる。

 そう、これが始まり。

 長い1年という学園生活。

 小さな世界の秘密。

 心に秘めた言葉との戦い。

「もう一人の名は霧雨魔理沙」
 こうして、2人の魔法少女が誕生となる。
 巻き込まれた彼女達の意思や、学園で暴れる犯人の正体は如何に?
 まぁそれは、また次のお話で。




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最終更新:2010年03月09日 19:39