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Main Story Ⅱ-14

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第二章 第十四節


閉鎖されたままの街にたどり着いたのは日も落ち夕闇が辺りを支配し始めた頃だった。
さらさらと水の流れる音を聞きながら、いまだ湖底に沈んだままの桟橋から街へと続く石垣をよじ登る。
薄暗い中もたれかかった石垣に濡れたような感触を覚えて、澪はついた手を引っ込めた。隣を見れば琴菜も同じように怪訝な顔をしている。
「なに……?水?」
「水路から水が溢れているんです。偵察に来た方々も驚いてらっしゃいました」
身軽に石垣を登り手を差し伸べたエレンが頭上で言う。
足場の悪さに閉口しつつ石垣の上に立つ。わずかに山の端から顔を出した月の光に照らされた街は、さらさらと心地よい音をたてる水の流れに洗われて侵しがたい聖域のように見えた。




魔物兵たちの再度の攻撃を恐れているのか、住民たちは街に留まらずその周辺で未だに野宿しているらしかった。
以前の水源から離れた場所から湧き出す大量の水に驚きながら歓喜する彼らに片目を向けて、ルギネスが薄く笑う。
「怪我の功名って言うんだろうね。結果的には良かったじゃない」
その傍らに浮かび上がったジルコンが柔らかく微笑みかけた。
「おかげで俺たちは泥だらけだけどなっ」
「すぐに洗い流せたんだからいいじゃん」
そうじゃなくてだなっ!と髪から滴る雫を周りに振りまいて怒鳴るカサンドラを適当にあしらいながら、ジルコンは目だけである人物を探す。
周囲は喜ぶ住民たちの出迎えでごった返していた。



青白い月光に照らされて真っ白の翼が蒼く染まる。
青い絹糸のような髪がその羽ばたきで軽く舞い上がった。
『封印の石精霊』サファイア。六大神の一柱、魂の守人・アローラの碧玉石最高位石精霊。
ほぼ同時期に石精霊となった彼女の前に立つ細身の影を目に留めて、ジルコンは静かに目を細めた。
「三度目の正直。って、やつですか?」
口の中で囁く言葉は、静かに見下ろす月にさえ届かない。


水が再び戻ってきた狂喜がやっと落ち着いてきた住人達が、今度は水ではなく澪達を歓声をもって囲んだ。
「魔物兵たちを追い出してくれただけじゃなくて、水まで呼び戻してくれるなんて……!ありがとう!本当にありがとう!」
泣き笑いの表情で住人達がかわるがわる手を握りにきたり肩を叩きにくる。
上がる一方のテンションに困惑気味なのは澪と琴菜だけのようで、春日は嬉しそうに見知らぬ人間と踊り、ルギネスとカサンドラは不思議なほどあたりまえに感謝を受けたり今までの苦労を労ったりしている。
「なんだか凄いな……」
未だ怪我人のためにくるくる働くエレンと拝まれているジルコンとサファイアを目の端に入れながら琴菜がつぶやき、澪が頷いた。
人々の喜びのエネルギーが心地よく、二人はゆったりとあたりを眺めた。



月明かりの下水飛沫が踊り、水路の流れがさらさらと音を奏でる。
ごちそうもなければ派手な衣装もない。おまけに崩れかけた街の片隅。
それでもそこは一瞬にして水の帰還を祝う祭りの会場と化していた。



ふとカサンドラが少し離れたところで騒ぎが落ち着くのを待っている若い男を見つけ、ルギネスと共に彼と合流しなにやら先程までとは違うトーンで話し出した。
おそらく彼が連絡役なのだろう。他にも町の責任者らしい人間たちが集まってきている。
そちらを視界にいれつつ雑談していた澪達を、しばらく辺りを見渡していたルギネスを
見かねたカサンドラが手招きした。
「一応お前らも聞いておけってさ。あれ、カスガは?」
軽く会釈して輪に入ってきた澪と琴菜に小声でカサンドラが伝える。
「春日は……踊りながらどこかへ」
「……まぁいなくてもいいか」
溜息をつくカサンドラに琴菜が苦笑いを返した。
「ああ、お嬢さん方も。今回は本当に有難うございました」
壮年の男が笑顔で頭を下げる。
「いえ、水が戻ってきて何よりです」
澪の返答を待って、ルギネスが続ける。
「この街の方々は我々に全面的に協力してくれるということだ」
「当然ですよ」
男たちが意気込んで激しく主張する。
「あいつら、俺達から散々何もかも奪いやがって」
「国王軍が魔物で編成されてるなんて可笑しいだろ。ここは人間の国なのに……」
「でも」
男達の勢いに押されつつも、女性がしっかりとした口調で言い放った。
「私達、怯えるばかりでなにもできませんでした。あなた達が来てくれたおかげで奪われたもの、少しでも取り戻せるって気づいたんです。……感謝してます」
そうだな、と皆が頷く。
「こちらこそ、あなた達のような頼もしい味方を得ることができて心強い。ありがとう。よろしく頼む」
「若様からそのようなお言葉を賜る日が来るとは……」
カサンドラが笑いながらすこしかしこまって言うと、年長者の数人が目を潤ませた。澪と琴菜がぎょっとするが、ルギネスはなんでもないように淡々と交渉を進めている。
話し合いも祭りも結局終わったのは、朝日がゆっくりと顔を見せる頃だった。



朝日に照らされ、廃墟と化した街が息を吹き返していくのを呆然と眺める。
ひらひらと踊っていたはずの人々も、不安の闇の中に生まれた希望の光に包まれて佇んだ。



「今はまだ、"時"ではない。
今はまだ、満ちていない」
「今はまだ、耐える時。
来たるべき時まで、力を蓄える時」



「「だが……時が満ちれば、必ず」」



静まり返った光の中、ルギネスが声をあげる。
かすかに、しかし確実に。
後を引き継ぐように、カサンドラが宣言する。



新たな仲間の誕生に、祝福を。
来たる日のために、最初の指令を。



まぶしい曙光の中あがった小さな烽火は、湖畔の街を皮切りにこの国全体を包んでいくことになる。
でもそれはまだ、不確かな未来の話。


二章 完