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再構成2


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第一章 第六節 『十色の光を放つ者』

「ご案内しますね」
エレンがにこやかに微笑みながら先導して廊下を歩く。
居住空間の、決して広いとは言えないながらも質素な廊下には午後の日差しが窓から差し込み、暖かい空間ができあがっている。
「あ、畑があるよ~!」
春日が窓の外を覗きながら嬉しそうに報告する。
「ええ、私も育ててるんです。すごく落ち着きますし、楽しいですよ」
エレンも嬉しそうに振り返り、自分の育てている植物のことなどについて喋りだす。
歩きながら楽しそうに話す二人と何かを考え込んでいるような澪を横目に琴菜はなんとなく窓の外を眺めながらついて歩く。



「……」
ふいにぴた、と窓の外を眺めたまま立ち止まった琴菜に気づいてエレンがふりかえる。
「どうしました?」
「いや……なんだか畑を掘り返してるのがいるなと思って…というか羽はえてる…?」
首を傾げる琴菜を跳ね除ける勢いでエレンが窓へと駆け寄る。
見下ろした視線の先には地面に突き刺さっている大きなスコップと掘り起こされた畑と、それを見下ろしているこげ茶色の髪の青年がいた。
彼の背にはまるでトンボのような青い羽が透き通った光を浴びて存在していた。
「……なっ何してるんですかジルコンさん!!!」
エレンがぴんと耳を立てながら叫ぶ。
「うわぉ?おお、エレンちゃんかいい天気だねぇ」
ジルコンと呼ばれた青年がのんびりと振り返って髪より明るい色の瞳で見上げる。普通の人間とは違う長い耳、そして彼の額には大きな…彼の名にふさわしい大きな灰色のジルコンの石が埋め込まれていた。
「何してらっしゃるんですかと聞いているんですっ!」
気のせいか長い耳の毛が逆立って見える。威嚇音が聞こえてきそうだ。
「いや、お天気がいいから畑仕事でもしようかと思ってねー」
「その畑なにも植えてないじゃないですか……」
「だからこれから植え……おや?」
エレンの後ろに見慣れない人影を認めて、羽をはためかせながら窓へと近づく。
「やぁやぁこれはどうも!君達が噂のお客様だね~」
温和そうな笑顔を浮かべながらジルコンが軽く頭を下げる。
「僕はジルコン、よろしくね~!あージルジルって呼んでくれてかまわないから!」
呆然とする琴菜に
「……別に呼ばないでもいいですからね」
エレンがため息をついてフォローを入れた。



「わ~い♪ジルジル~vv」
と何が楽しいのかはしゃぐ春日を尻目に澪はエレンに軽く話すよう促す。
「あちらは石精霊のジルコンさんです」
あっさりしすぎる説明に琴菜は首をかしげた。
「『石精霊』?」
「ルギネス様からその説明もありますから」
それだけ言うとぎこちなく笑ったエレンは先に立って歩き出す。
「ジルジル、エレンちゃんに好かれてないかも~」
窓枠にもたれて困ったように笑うジルコンに澪は軽く溜め息をついて
「その態度が気に入られない原因なんじゃないか?」
と言い捨てて歩き始める。
琴菜と春日は先にエレンの後を追っている。細く長い廊下は真っ直ぐで迷うことは無さそうだ。
「……?」
小さな声と視線を感じて澪がふり返ると表情の抜け落ちたジルコンが窓枠の外側から身を乗り出していた。
「……名前、聞いて良い?」
張り付けたような笑顔につい答えてしまう。
「……澪……」
「レイ……ちゃん?よろしくね」
仮面のような笑顔のままジルコンは窓の外に消える。春日の呼ぶ声に我に返り、澪は三人の後を追った。



通されたのは昨夜最初に入った部屋だった。入り口のホールからと裏の居住スペースからの両方に出入り口があったらしい。
室内にはすでに男が三人、円卓に腰を下ろして熱心に何か話をしていたが四人が入っていくと話をやめ立ち上がった。
「良く眠れたか?」
掠れた声でルギネスが話しかける。そういえば朝食の席で彼はあまり話さなかったなと思いながら琴菜が返す。
「まぁ、それなりに」
「そうか。……あぁ、紹介しておこう。彼はギデオン=グロス=カイザリヤ。抵抗集団……いや、革命軍と言っておこうか。『テーヴェレ』の小隊長を任せている。彼女らが昨夜話した協力者だ」
名前を紹介されて無口らしい男に三人は軽く会釈する。
ギデオンはがっしりした体格で背はルギネスより高くまたカサンドラよりは低い。黒い髪を短く刈り上げ鋭い目つきと日焼けした肌の印象的な青年だ。
彼は軽く会釈し返すとルギネスやカサンドラに何か小声で話してからホールの方へ出ていった。
「まだ軽ーく疑ってンだよなー」
カサンドラの一言で彼が昨日、最初に出迎えた老爺の隣で警戒心を露わに武器を手にしていた青年だと気付く。
「しょうがないだろうな、敏感になってるんだろ?」
琴菜が言うと春日が首を傾げながら
「なんで?」
「昨日の話、聞いてなかったのか?」
「聞いてたけど……なんで敏感になるの?私達、何も知らないよ?」
聞いてないじゃないか……と琴菜は頭を抱えた。

「カスガの為にも、もう一度最初から話しておこう」
ルギネスの長い話はそんな前置きから始まった。

第一章 第七節 『宴の主』

十一年前、現国王・ルーベルト=スファルシェ=コートレートは異母弟で前国王・クラウス=スティージェ=アーデルベルトに反旗を翻し、前国王夫妻を殺害したことから全ては始まった。
政治的能力に欠けるとされていたクラウスを異母兄、または宰相という立場から支えていたルーベルトは国民にも慕われる有能な人物だったと言うが、このクーデターでその評判を地の底まで落とした。
ルーベルトは、乾いた風の強い火を選び『王都・インテルミネイ』の風上に火を放ったのだ。その混乱に乗じてもとよりクラウスの王政に不満を抱く暴徒が非道の限りを尽くし、ルーベルトがそれを指揮していたとも言う。
この混乱は国内各地に及び、あちこちで戦乱が始まった。いわばルーベルトは国中を混乱と波乱を呼び、自らもその混乱に乗じて王位を奪ったのだ。
そして、造反から十一年たった現在でも水面下では平穏を取り戻せてはいないのだという。その理由として、現国王・ルーベルトの背後にいる陰だという。

「現国王・ルーベルトには魔物を操る能力など無かったはず。なのに今や『王城・ジェイド』を警護する兵や軍はそのほとんどが魔物兵。将校や将軍位にある者の半数以上もそうだ。だとしたら……」
「そーいうのを操れるヤツが後ろに着いたってこと」
こともなげに言うカサンドラの隣でエレンが物憂げにうつむく。
「このスティージェには太古の昔、世界中を混沌に陥れた邪神が封じられている神殿があります。『王城・ジェイド』の地下のどこか、とまでしか知られていない神殿です」
「……そこに封じられていた邪神を呼び出して味方に付けた、とでも?」
澪の言葉は沈黙によって肯定された。
「どうして封印が解けたってわかるの?」
春日の問いは背後から肯定された。
「俺が、ココにいるからね」
物語のような現実感のない話に夢中になっていた三人が慌ててふり返ると、戸口にもたれた焦げ茶の髪と明るい茶の瞳の青年が諦めと悲しさを同居させたような笑みを浮かべて立っていた。
「自己紹介、ちゃんとしとかないとね。俺はジルコン。六大神の一柱、時空司神・月露命の風信子石の最高位石精霊。通称『封印の石精霊』の一人。石精霊の本体が神殿に無いって事は、封印が解けてるってことと同義なんだ」
さっきまでの明るい口調と打って変わった重たい口調は事の重大さを物語るようだった。

「『封印の石精霊』というのは……そうだね、ある特殊な力をもつ石に宿る精霊だと今は考えてもらえばわかりやすいと思う。ジュデッカを封印できる唯一の存在だよ」
言葉を選びながら、ジルコンがゆっくりと説明する。
「わー、じゃあジルジルって凄いんだ!」
わかっているのかいないのか尊敬のまなざしでジルコンを見上げる春日の頭をぽんぽんと軽く叩きつつジルコンが苦笑する。
「まぁもちろん俺一人じゃ力は及ばなくって、六大神の分だけ……つまり俺を合わせて六人いて、やっと封印できるわけなんだけどね」
「後五人もこの街に……というか実はもう会ってたりするのか?」
琴菜がすれ違ったりした人間とは少し違う姿をした人々を思い浮かべながら問いかける。
「いや、ここには俺だけだよ、今のところ」
残念ながら、とジルコンが肩をすくめる。
「じゃあ、残りの精霊は?」
澪がその先を促した。

「……何処だろうね?」
「はい?」
「いや封印解けたときにみんな衝撃で吹っ飛んじゃって……幸い俺はこの近くに飛ばされたからよかったんだけどー」
「いやちょっと待て」
「今頃みんなは力も磨耗しちゃって動けないかも……ああ可哀相!」
「そうだよね、お腹が空いてるかもしれないね……」
「問題はそこなのか!?」
激しく身振り手ぶりを加えながら熱く喋りだすジルコンと涙ぐみながら話に聞き入る春日に琴菜が思わずツッコミを入れる。
「あっ君いいね見所あるよ!」
なんの見所だと唇を開きかけたそのその時、
「敵襲です!!魔物中心に約40、小物ばかりですが少々数が…現在西で40人余り、北門で30人弱が交戦中です!!」
ノックをする暇すらないと言うかのように激しくドアが音を立てて開き、息を切らして慌しく駆け込んできた兵士に部屋の空気が鋭いものに変わる。

「残っているものにに連絡は?」
ルギネスがパニックを起こしかけている兵士に静かに尋ねる。
「今他の者が、呼びに……」
やる気も無さそうに椅子にふんぞり返っていたカサンドラがやれやれと立ち上がる。
「くっそダルイなぁー。残ってる奴はゲオに指揮させて西。俺は北と合流してちょっと指揮してくるわ」
「いや、西には俺が行こう。ギデオンには住人の保護を第一に動いてもらってくれ」
「はっ……了解しました!」
来た時と同じように慌しく兵士が去っていく。
「大丈夫なの……?」
春日が不安げに眉根を寄せる。
「あ、大丈夫大丈夫お前らココ居ていいよ。じゃあなちょっと行ってくる」
言うが早いか身の丈ほどもある長剣を帯び、カサンドラが廊下へと消えていった。
オラ起きろお前らお仕事の時間ですよーと廊下から聞こえる大きな声が微かに部屋に響く。
それとほぼ同時にルギネスが立てかけてあった細く長い剣を手にし、無言で部屋から去って行こうとする。
「おい、なんとかなるのか?」
澪がその腕を掴んで問うた。
「ああ、よくあることだ。気にしなくていい。ただ今回は少し数が多いか……」
開け放したドアから、微かに誰かの悲鳴が、聞こえた。

ルギネスの背中が段々小さくなっていく。
呆然と見送っていると、砦の中が俄かに騒がしくなり始めた。
「避難民が来たようですね……私もお手伝いして来ます」
エレンも澪たちに軽く一礼すると、ぱたぱたと走り出してしまった。
取り残されてしまったものの外の様子が気になり、琴菜は小さな窓を開けた。
強い風が吹き、薄く赤味がかった黒髪が舞う。
風は剣のぶつかり合う音、怒号、不気味な鳴き声、大きな物の倒れる轟音、そんなものを部屋の中へ運んでくる。
一際大きな悲鳴が聞こえ、それが絶えて尚戦いの音は止まらない。
不安であると同時に、自分がこの部屋にいるしかないことが、酷く情けなかった。

第一章 第八節 『緋色の午後』

北にある小さな門。普段は美しい風景も今は戦場の凄惨さのみを伝えている。
異形の化け物……中には人に近い形をしたものもいる、その死体が転がり、むせ返るような血の匂いがあたりを覆っていた。
「あ、若様!」
左肩を負傷したまだ若い兵士がやってくる複数の影に気づき、顔をあげた。
「悪りィちょっとしか人呼べなかったわ……って大丈夫かよ抉れてんじゃん痛そー。今状況報告できる?」
一緒に来た五人程の人間を援護に向かわせ、カサンドラが彼に軽く手を振った。
「はい、さっきまで前線にいましたので。今のところ奇跡的に見た限りですが死者はいません。しかしもう斬っても斬っても出てきて……」
時々いたた、と肩を抑えながら顔を顰める。
「弓使ってくるだけの頭あるやつが居なかったのがせめてもの救いですかねー。力馬鹿ばっかです」
「あーそりゃラッキーだ。まぁ終わるのも時間の問題そうだな……ってよく見たらこっちベテランばっかじゃん。俺来なくて良かったんじゃない?」
戦闘中の人間の殆どがそれなりに腕に自信のあるものばかりなのを見て、ふとぼやく。
「あっいえ若様はともかく援軍は素直に嬉しいですよ?」
「はっはっはお前出世できないよー」
「あっ嘘っスやっぱ若様居ないと始まらないです!」
「うるせーお前なんか一生門番だ門番しかも裏門」
「ちょっ!日あたらなさそうじゃないですかそこ!」
「焼けなくていいんじゃない?さて後少しだし気合いれるか。もう報告がてら帰還して治療してもらえー」
兵士の訴えを軽く無視しながら剣を抜き、軽く深呼吸をする。数は減ってきたものの、未だに戦闘は続いている。

「お言葉に甘えてそうさせていただきます……エレンさんが担当だといいなぁ」
「うっわまた倍率高いの好きだなお前!まぁ頑張れ」
そのまま兵士の返事を待たずに戦場へと駆け出し、前線を抜けてきた狼のような魔物の首を剣で打ち払う。
獣臭い血が服と銀色の髪を染めた。
「全員生きてるかー!?後少しっぽいからさっさと終わらせて帰ろー!掃除あるけどな!」
倒れ伏した魔物に目もくれず叫ぶと、おぅ!とあちこちから声が上がる。
兵士達が熟練の技で次々と魔物を大地へと沈めていき、その度に血飛沫と砂埃が舞った。

そして魔物の姿が消え、誰もが戦闘の終わりを確信した刹那、見張り台から弓兵の声が響いた。彼女の瞳は異様なほどに大きく、白目が殆ど見当たらない。
「て、敵影確認!20ほどの魔物の群れ、到着まで予想5分!」
場の空気が凍りつく。
まじかよー、とため息をついた後、
「聞こえたとおりだ!時間がなさすぎ、今の間に怪我人は後ろ下がれ!一人マシなやつ気合で砦まで戻って報告、余裕ありそうなら誰か呼んで来い!!」
カサンドラの一声で疲弊した兵士達も呼吸を整え、可能な限り隊形を持ち直させる。怪我人の中でも比較的重傷な者が後ろへと下がった。
「全く最近どうなってるんだ……やっこさん達張り切りすぎだろ」
中年に差し掛かろうとしている屈強な兵士がぼやきながら血に塗れた大剣を捨て、予備の剣に手をかける。
「だよなー。こっちの都合も考えとけっつーの」
「いやそりゃ無理だろ」
兵士がカサンドラのむちゃくちゃな注文にツッコミを入れつつ予備の剣を抜いた。ぎらりと命を奪う切っ先が露になる。

「よっしゃお前ら優秀なんだから一匹もいれんな!気合で退かせろ!後、人手不足なんだから死ぬなよ!」
カサンドラが周りの気合を入れるように声を出すと、恩給請求しないとだめですから若もですよとどこからともなく声が上がり、違いねぇ、と笑い声が響く。
「来ます!」
弓兵の声が響いた。それに答えるように矢を放つ音が空気を裂き、再び戦場が訪れる。

一方、西の衛門。
普段から警備がやや手薄だと懸念していた箇所だ。
ルギネスは少数ながら精鋭の兵士五、六人を従えてひた走っていた。

駆けつけたとき、警護に就いていた大半は負傷しあたりには夥しい流血の跡が残っていた。
ルギネスの良く通る、少し掠れた冷ややかで鋭い声が響く。
「増援だっ!重傷者は引けっ!一匹たりとも入れるなっ!!」
あまり経験のない兵士の多い箇所だ。精鋭とはいえ負担が多いだろう。
思いながら細剣を振るう。駆け抜けながら舞うように斬る。片方だけの瞳が鋭く光る。
脚を止めたときには周囲に血の雨が降った。
どう見ても状況は悪い。血で靄のかかる門の付近では明らかにこちらの兵士の方が分が悪い。
軽く溜め息をついて、激戦となっている方へ歩を進める。
時折襲いかかってくる様々な姿の魔物をいとも簡単に切り捨てていく。右側からの攻撃に少し遅れるのは眼帯のせいだろうか。

「ルギネス様っ!」
全身に血を浴びたような若い兵士が駆け寄る。
「状況は?」
「幸いにも死者は……ただ突破されるのは時間の問題かと……」
言葉を聞きながらルギネスは無言で戦場を眺める。凍てつく片方の視線だけで人が殺せそうだ。冷たく立ち上る殺気に側に立つ若い兵士も後ずさる。
「お前に怪我は?」
言葉もなく首を振る兵士に冷たく命じる。
「砦に戻れ。エレンに動ける者を連れて来いと伝えろ。手が空けば来るようカースに伝令を出せ。……行けっ!!」
弾かれるように兵士は駆け出す。その背を見送ることなく、ルギネスは戦場に向かった。既に撃ち漏らした何匹かの魔物が町へ向かって走っていた。

「負傷者は奥へっ!救護班は手当を、武器を持てる方は警護に回って下さいっ」
エレンの細く、しかし良く通る澄みきった声が喧噪の中で響く。
か弱く華奢な彼女の手には、身の丈より長い革製の鞭が握られていた。
「エレン様も奥へっ」
真っ白い服を怪我人の血で汚した女性が駆け寄る。あまりの怪我人の多さにパニック寸前にまで陥っている。
「私も警護に回ります。あらゆる方に手伝って頂いて下さい」
柔らかく押し戻して空を仰ぐ。覆い被さってくる影に鋭い一撃を見舞うと紅い雨が薄桃色の髪に散った。
喧噪に怒号と悲鳴が混ざり始めていた。

「こっちにまで来たらしいな」
「大丈夫なのかな?」
窓辺に立ち悲鳴の混ざり始めた屋外を眺める琴菜の表情に緊張が走る。
不安げな春日を元気付けるようにジルコンは軽く糖蜜色の髪を撫でた。
「エレンちゃんも結構強いからね、でもここも避難してくる人で一杯になっちゃうかな」
言いながら辺りを見渡すと騒然とした空気が押し寄せていた。大きな音を立てて扉が開く。肩を抉られた兵士がフラフラしながら入ってきた。
「……あなた方は?」
「う~ん、ルー君のお客さんで~、一応戦力?」
のほほんと答えるジルコンの言葉に兵士は顔を輝かせた。
「戦力ですか!?じゃぁ早く外へっエレンさんを手伝ってあげて下さいっ」
「……え?」
「手伝うって……今戦ってるのかっ!?」
ぎょっとして窓に飛びついた途端、建物の極近くで血煙が上がる。それさえ切り裂くように紐状の物が舞う。
ドゥ、と大きな物が崩れ落ちる音と共に血煙の間から見えたのは、まだらに紅く染まった長い薄桃の髪と兎の耳。か細い腕によって操られる長大な鞭が周囲に群がる魔物を打ち倒していく。
「……手伝い、いるのか?」
「数が多いしな……」
呆然としながら澪と琴菜が呟く。
突然背後から悲鳴が上がる。明らかに室内からの声だ。
「入られたっ!?」
兵士が蒼白になって振り返る。
「負傷者や女子供しかいないのにっ」
肩の傷に顔を歪めながら走り出そうとする兵士を琴菜が引き留める。
「怪我人が役にたつはず無いだろ、私が行く」
「琴菜?」
澪が訝しげに声をかける。
「このままいてもやられるだけだろ」
軽く言って軽く腰に手を当てると、一瞬我に返ったように腰に当てた左手を見下ろした。
「剣なら、隣の部屋に予備があったよね」
にっこりとジルコンが呆気にとられている兵士に促す。
兵士は弾かれるように部屋に三つある扉の内、出入り口以外の扉に飛びつくようにしてそれを開けた。
雑然と並べられた膨大な武具。刀身が鈍い光を放ちながら使い手を待っているようだった。

第一章 第九節 『緋色の午後 2』

膨大な武具に圧倒されつつ、日本刀のような片刃の剣を選び抜き悲鳴の聞こえた方へ琴菜が走り出した後、残された春日はわずかに身長の高い澪を見つめる。
「……どうしよう?」
「行かないの?」
ジルコンの柔らかく見つめる視線に屈するように澪は深い溜め息をついた。
「あいつの言ってることは納得出来るけどな、何でこんなことになったんだよ」
諦めたかのように、でも意志を持って武器庫へ向かう。
片隅に置いてある弓に弦を張り、探せるだけの矢を矢筒に入れる。
不安げな兵士に、
「弓は、得意なんだ」
と言い捨て琴菜の走っていった方向とは逆方向の窓辺に立つとそのまま矢を番える。
こちらに気付き走り寄る魔物に静かに狙いを定めると、鋭い音と共に矢を緊張から解き放つ。轟音と共に崩れ落ちる巨体が地を揺るがす。
激しい攻防が終局に近づいていた。

手に馴染まない刀を握り締めて琴菜は悲鳴の元へと走った。
突き当たりの廊下、砕け散った窓ガラス。
姿形だけで言えばネズミのような、しかしそれにしては大きすぎる獣が歯をむき出して目の前の食料に威嚇する。
動けない怪我人、震えながら庇うように明らかに戦闘用ではない小さなナイフを構える子供。
「伏せろ!」
考えるより先に叫び、勢いをつけて駆け寄る。
その声に弾かれる様に怪我人が子供を突き飛ばすかのように自らの体で押し倒し、姿勢を低くする。
獣が新たな食料の登場に驚いたように一瞬硬直した。
その隙を見逃さず、一気に間合いを詰め獣の眉間めがけて刀を振るう。
嫌な手ごたえと共に、断末魔の叫びを上げて獣は悶えた。
もう一度、獣の首筋めがけて刀を振るう。刀の動きに答えるように赤が軌跡を描き、獣はゆっくりと動きを止めた。
呆然とその様子を眼に映していた怪我人が、我に返ったかのように同様にへたりこんだ子供を抱きしめながら何度も礼を言う。
「ありがと……ございます……本当に、よかった」
いや、無事でよかったとつぶやいて、怪我人を助け起こそうとし、自分の手が獣の血でぬれている事に気づいて思わず手を引っ込めた。
ぬちゃり、と粘っこい不快な感触と匂いがする。
未だその死体から流れる血は床の汚れを広げ続けていた。

騒ぎは終わりを迎えたようだ。悲鳴も争いの音ももう聞こえない。
すぐに駆けつけた澪や他の兵士達に感謝と慰労をされ、渡された布で手と顔を拭った。
「琴菜はそんなのが使えるんだな、しかも慣れてないか?」
なんとなく手放さずにいた刀を見て澪が意外そうに声をかける。
「あ、ああ……ちょっと事情があってな」
言葉を濁して誤魔化し、ふと壊れた窓の外を見た。
人々の手で戦闘の後片付けが始まっていた。
建物の中では怪我人達の治療が続いている。微かな呻き声と、消毒液の匂いがここまで届いている。
しばらくそれを見やっていた琴菜がふと呟いた。
「でも、そんな事情があるのは自分くらいだと思っていた。こんな世界があるなんて知らなかったよ」
確かに戦争の続く地域は自分達の世界にもある。しかし日本で生まれ育った琴菜はそんな場所へ行った事はなかったし、それは人と人との戦いであり、こんな化け物は登場しない。
「そんなのオレだって知る由もなかったよ……ここではこれが、本当に日常なんだな」
複雑そうな色を瞳に浮かべて澪が答えた。
皆、慣れすぎているのだ。
どんな幼い子供でも、死体の処理に、傷の手当に。
「つらいね」
何時の間にか背後に現れた春日がぽつりと唇を開いた。
その横にいたジルコンが、悲しげな瞳で澪と琴菜を見つめていた。

「……砦に侵入を許した?」
「ハァ!?」
戦闘を終え、ようやく合流して警備の穴や今後について言葉を交わしていた二人に、悪い報告がもたらされた。
一瞬にして殺気立つルギネスと信じられないというように声を上げるカサンドラにギデオンが土下座せんばかりに頭を下げる。
「申し訳ございません!」
顔にはありありと自責の念を浮かべ、下唇を血が出そうなほどに噛みしめている。
「……許す、とは言えないがこちらにも落ち度はある。今回は、数が多すぎた。こちらで討ち漏らした数も少なくない」
苦虫を噛み潰したかのような顔でルギネスが告げる。
「それに明らかに配置ミスもあるしな。でも、砦の中は安全だってもう皆思えなくなっちまってるだろうなぁ……で、住民は何人死んだの?」
カサンドラの問いかけにギデオンが顔を上げ、一度自分を落ち着かせるように軽く息を吸った後に口を開いた。
「ほんとうに、ほんとうに奇跡的に……ゼロです」
その報告に二人が眼を丸くする。
「それはないだろう」
ルギネスの声に、ギデオンが首を振る。
「いいえ、重傷者は出ましたが……本当なんです。その、ルギネス様のお連れになった方が……進入してきた魔物を討ってくださったそうで」
「え、マジで?」
思わず驚きの声を上げ、ルギネスとカサンドラが目を思わず見合わせた。
「お前の連れてきたのなによ。やるじゃん」
そうだそうだと言わんばかりにギデオンもルギネスに目線を向ける。
「……そのうち、話す」
不審と興味の入り混じった二人の顔を交互に見た後、ルギネスが誤魔化すように視線をはずした。

第一章 第十節

「どうしてあんな無茶なことをしたんですかっ!」
薄桃の髪を返り血でまだらに紅く染めたエレンが救急箱を抱えて駆け寄ってくる。
元々大きい瞳が驚愕でさらに大きく見開かれて涙目になっている。
「あ……えっと……その…………」
あまりの剣幕に琴菜がオロオロとしているとその横で苦笑しながらジルコンがなだめ始める。
「まぁまぁ、こうして無事だったんだし。そんなに怒らないであげてよ。それに、ルー君は最初からこういう時、手伝ってもらうために三人をここに招いたんでしょ?」
「……確かに、そうですけど……でも、あまり無茶はなさらないで下さいね」
ペタン、と長い耳を伏せ涙目のまま上目遣いに言われると、反論があっても言い出せない雰囲気になる。
後方から援護射撃だけしていた澪も同じように怒られたらしくタジタジといった風情だった。

エレンが怪我人の手当に呼ばれ、琴菜が女性に風呂を勧められて立ち去った後、所在なく立ち尽くしていた春日が人とすれ違うたびに少し首を傾げながら歩くルギネスを見つけた。
「ルギネスさーんっ」
背の低い春日が跳ねるように手を振る。澪とジルコンも春日が呼ぶ声でルギネスが歩いているのに気付いた。
ルギネスも視線をこちらに向けるがやはり少し首を傾げる。少し近づいてから軽く頷いたように見えた。
「……砦に侵入した魔物を倒したそうだが……?」
言ってから一人少ないことに気付いたようだ。
「琴菜だよ、今は風呂」
視線で問いかけるので澪が答える。
「……そう、か。砦の中から矢を放った人物がいたそうだが?」
「あ、それレイちゃん。百発百中って感じ?トドメ刺したのはそばにいた人達だけど」
「……弓道部の助っ人、やったことあるから」
ジルコンの言葉に素っ気なく言うと、澪はそれ以上何も言わずに弓と矢筒を掴んで雑踏の中に紛れ込んだ。

その少し後。浴びた返り血を拭うのもおざなりに、疲れた体に鞭打って怪我人の救護に向かったエレンは休む暇もなく働いていた。
広間は怪我人と看護する人間、薬をもらいに来る人々でごったがえしている。
多すぎる怪我人の呻きに一瞬顔を悲しげに曇らせるが、不安を与える事は避けたいとすぐに笑顔を浮かべ、怪我人達を励まし手当てをする。
そしてそれもようやく一段落を迎え、廊下で救護箱の薬を確かめながら少し休憩しているとふいに背後から声が掛かった。
「よ、おつかれさーん。相変わらずの女王様っぷりだったみたいだな」
「若……ご無事で何よりです、が。その言い方やめてくださいって言ってるじゃないですか」
同じく気持ち程度に血を拭っただけのカサンドラが、救護箱の近くにおいてあった水の入った筒を手に取った。
彼も身を整える時間もなかったのだろう、髪も瞳と同じ赤に染まっている。
「いや褒めてるんだって。おかげでかなり助かったしかっこいーじゃん」
「……そうですか。ならご期待に答えて今お見せしましょうか?」
にっこりと微笑みながら鞭を手に取り、軽く振るう。ぴし、と風を切るいい音がした。
「いや冗談ですすみません。つーかそれは俺じゃなくて隊員の皆様にやってあげてください喜ぶから」
冷や汗をにじませて降参、とカサンドラが手を上げる。
「……隊員?」
いぶかしげにエレンが眉根を寄せる。
兵卒のなかに密かに存在する『エレン様の鞭でうたれ隊』の皆さんです。
……とはさすがに言えず、もう一度ゴメンナサイ、と謝っておく。
ここで本人にその存在を知られたら自分ひとりがしばかれるだけではすまなくなるもんなぁ、と隊員達の顔を思い浮かべてみる。ああ馬鹿ばっかりじゃん庇わなくても別にいいかな。
そんなことをとりとめもなく考えていたカサンドラのことを誤魔化されませんとばかりにじっと兎耳をたてて睨んでいたエレンが、急に何かに気づいたように慌てて踵を返して走り出した。

わけもわからずそれを見送り、同時に喉の渇きを思い出す。
「よくわかんないけど助かった?」
幸運に感謝しながら本来の目的だった水に口をつけようとした瞬間。
ばしゃーん!
派手な音を立てて頭から水をぶっかけられた。その音に周りの人間も驚いて視線を集める。
視線の先にはずぶ濡れになっている自分達の若き長と、空の桶を持って息を弾ませる兎耳の少女。
「……なっ、何すんだコラ!こんなにいらねーんだよ!!これ何新手のプレイなの!?俺ノーマルだから嬉しくねーし!」
驚いてよくわからないことを口走りながら食って掛かるカサンドラの鼻先に、エレンがびしっと人差し指を突きつける。
「若、お風呂!」
「はぁ?」
脈絡のない台詞にあっけにとられているカサンドラに、慌てた表情のエレンが続ける。
「髪の毛!洗ってないじゃないですか!すぐ洗わないととれませんよって言ったでしょう!」
未だによくわからず憮然としたままのカサンドラをよそに、周りの人間が気づきだす。
「あ、そっか若は髪の毛白いから……」
「しろくねぇし!銀言え銀!」
「この前もほったらかしにしてて色変わっちゃったんですよねそういえば」
うんうんと頷く人々に、ようやく記憶が戻ってくる。
そういえば洗うのが遅れたせいか髪質のせいかうまく血の色が落ちず、まだらにうす赤いままの髪の毛で一週間ほどすごしたことがあった。
「若にこの前みたいにピンクマーブルになられたら困るんです!」
ぐっと拳を握り締めて力説するエレン。
「確かに若みたいなでかいのがそんな色やだなぁ」
「可愛くないっすよね」
「自分達のトップがピンクマーブルとか……あんときなさけなくて」
「あったあった。あれはちょっとなぁ……」

しみじみと思い出してため息を付く人々。
「あー……」
そういえば自分はあまり気にしていなかったけれど大不評だったな、とぼんやりと血と水に濡れた髪をつまむ。
「ほらぼさっとしてないでください!さっさと洗いにいく!ほらほらほら!」
石鹸をべし、と投げつけてエレンがせかす。
「今回はキレーに染まるかもしれないしもういいじゃん後で。そりゃ早くさっぱりしたいけどほら俺まだ仕事残って」
「だめです!綺麗に染まるわけありません!すみません誰か池に落としてでもいいのでつれてって洗ってください!」
エレンがくるりと振り向くと、頼みごとをされてたことが嬉しかったのか、近くにいた若い兵士達がカサンドラの腕をつかみ、スキップでひったてていく。
「オイコラんなことしたら溺れるだろ!殺す気か!」
「死にませんって死にませんって」
いい笑顔をした兵士達にずるずると引きずられながら、髪の毛を黒かいっそもう赤に染めちゃおうかなぁ、とカサンドラは諦めつつため息をついた。