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第一章 第十一節 『願うこと、祈ること。信じること、諦めること。』

澪が眺めているのは、この世界では極々当たり前の日常らしい。
どこにいたのかというくらい多くの人々が、それぞれ自分に出来ることをやっている。
穏やかな春の日差しの下、血生臭い狂宴の後片付けが着々と進んでいく。
破壊された家の残骸を片付け始める少年達。鋭い爪に抉られた若い兵士の傷に涙を浮かべながら、それでもその出血を止めようとする少女。
夫婦なのだろう、互いの無事を喜び合う男女。幼い我が子の怪我に狼狽する両親。
瓦礫の下から助け出された老夫婦。放心したように座り込む女性の目の前で瓦礫を掘り返す青年。
それでもあちこちで歓声が上がる。
石畳の道から血の跡が流されていく。空気に残る錆びついた血の匂いは薄まらない。

雑踏の隅にしゃがみ込んで、目の前を流れる人並みを眺める。
何をしたらいいのか、分からない。なぜここにいるのかすら、分からないのだ。
分からない事が情けなくて、やるせなくて、緩い日の光で全身の力が流れ出ていくようだ。使い方も分からない、そんな力なら。このまま大気に解けてしまえば良いのに。
片膝を抱えて座り込む。額にかかる細く硬い髪を指に絡ませて目を閉じると、能面のように無表情になった。
呼吸をするたびに、胸の中が血で染まっていくように感じる。

「……ぶ?だいじょうぶ?」
すぐそばで聞こえた幼い少年の声に我に返る。目を開けると明るい太陽の光に貫かれそうだった。
「きぶん悪いの?きゅうごしょ行く?動けないの?」
髪の間からのぞく楕円形の耳が頬の辺りまで垂れ下がっている。大きく黒目がちな漆黒の瞳。紺色の瞳孔は澄み切っていて吸い込まれそうなほどだ。髪や耳と同じ茶色の尻尾が心配そうに地面を掃いている。小さな身体は華奢で、それでもしなやかな印象を与えた。
「……大丈夫だ」
タレ気味の目を強調するように茶色の眉を八の字にしてオロオロする少年に言ってやると、少し安心したような顔をして澪の隣に脚を投げ出して座り込んだ。
「今日は、町の中まで魔物が入り込んできたから……血の匂いがきついね」
澪と同じように雑踏に目を向けながら少年は独り言のように呟いた。
その雑踏の向こうから囃し声と共に大きな声が聞こえた。
「……れるって!わかったからっ風呂入るから池はイヤだっ!!」
「若様だっ。戦闘の後はいつもだね」
クスクス笑いながら少年は声のする方へ目を向ける。つられるように澪もそっちを見ると、周りの人より頭一つ分大きいカサンドラの返り血にまだらに紅く染まった白銀の髪が見えた。
「……これが、日常……」
呟くような澪の言葉を、少年は聞いていたらしい。
「……そうだよ。この日常を守る為に、戦ってるんだ」
最初の印象より遙かに大人びた、犬の獣人の少年がそこにいた。

「――――……そうか」
何故だか居た堪れなくなって、澪は視線を落とした。濃紺の髪が表情を隠す。
そんな澪に慌てたかのように少年が明るく声を出す。
「うん、信じてるから!いつかもっと平和になって、魔物なんてこなくなるって。だから頑張れるんだよ」
誘われるように顔を上げる。こんな状況でも人を気遣うことが出来る。本当に強い、いい子だ。
そうして今の言葉に嘘偽りはないのだろう。少年はこんなにも平和を願い、信じている。
「……ああ、きっとそんな日が来るよ」
少なくともそう祈ろう、と心から澪は思った。
その声にぴくり、と小さく耳を動かした少年は嬉しそうに破顔し、体重を感じさせない軽やかな動きで立ち上がった。
「さてっと!そろそろいかなくっちゃ。またお話してね!」
たたたと駆け出しながら、澪に手を振る。
そんな少年にぎこちなく手を振りかえし、自分もそろそろ戻ろうかと立ち上がると小さく伸びをした。
気づけば、もう血の匂いがあまり気にならない。
あの少年にお礼を言うべきだったなと今更に気づく。せめて名前だけでも聞いておくのだったと後悔しながら、町並に背を向けた。
少年が走り去った道を、優しい風が撫ぜている。

砦の中をあてがわれた部屋に向かって早足で歩いていると、割れた窓の前で思案する琴菜の姿が見えた。
洗い立ての髪はしっかりと水分を切られ、それでも何時もより深い色をたたえている。服をぬらさないようにと肩にはタオルがかけられていた。
「何してるんだ?」
澪が静かに声をかける。琴菜は目線を窓に固定したままだ。
砕け散ったガラスは片付けられているものの、窓には未だ大きな穴が開いている。
「この窓、なんとかしたいなと思って……自分が何も出来ないのが……来たばかりなのだからしょうがないんだけれど、なんだか情けなくてな」
なんとなく拗ねたような表情の琴菜に、澪が思わず吹き出しそうになる。
「なんだ?」
琴菜が訝しげに尋ねた。
「いや、なんでもない。どうしたらいいか聞いてみよう。答えてもらえなかったりしたら、勝手に布でもはっておいてやれ」
不安を感じていたのが自分だけでなかったことにほっとする。琴菜もそれを感じたのではないだろうか。
先程より明らかに穏やかになった澪の表情に、琴菜も頬を緩める。
「そうだな、やれることから勝手にやってしまうか」

第一章 第十二節

とりあえず一度戻ろうと部屋に向かう。ノブに手をかけると、微かに開いたドアから声が漏れてきた。
「――――…から、――…と――……」
遠慮なくそのままドアを開けると、なにやら話し込んでいたらしいジルコンと春日がこちらを振り返った。
「れーちゃんにことちゃん!おかえりなさい!」
一瞬驚いたように二人を見た後、嬉しそうに春日が駆け寄ってくる。
「ただいま、ってお前らあれからずっと喋ってたのか?」
呆れたように琴菜がそれを見やった。
「一回お外にお片付けのお手伝いに行ったんだけど……危なっかしいからお部屋帰ってなさいって」
勢いに任せて澪に抱きついたまま、しゅんと春日が眉尻を下げる。
「……あれはねー怖いねーちょっとねー」
苦笑いをしてジルコンが言葉を濁す。よっぽどだったのだろう。
「一体どんな動きをしていたんだ……」
なんとなく想像がつくようなつかないような、と考え込む二人に、ジルコンが声をかける。
「そうだ、ルー君かカース君見なかったかい?エレンちゃんでもいいんだけど」
「カースなら町で見かけたが……何かあったのか?」
されるがままに抱きつかれていた澪の質問に、にっこりとジルコンが微笑む。それにつられるように春日もそうだそうだ、と嬉しそうに笑った。
「カスガちゃんには今話したんだけど……実は、俺以外の石精霊の居場所、一人だけだけどわかったんだ。しかもかなり近いよ」
ねー、と楽しそうに人差し指を合わせる二人。
「「え?」」
琴菜と澪が声をハモらせて目を見開いた。
「お前、前は解らないとか言ってなかったか?」
「それがさー、今までいまいちわからなかったんだけど、なんだか急に感じられるようになってきてね」
事も無げにいうジルコンに澪が反発する。
「そんなアバウトなもんなのか?」
「そんなアバウトなもんだよ、きっと。ああ、でも一つ今までと変わった事と言えば……異世界の助っ人さんが来てくれたことかな?風向きが変わったのかもしれない」
にっ、とジルコンが唇の端をあげる。
「……そんなことで、変わるのか?オレ達なにもしてないぞ?」
「わからないけど、俺は感謝してるよ」
不敵で、それでも優しさを感じる笑顔のままの彼に、なんとなくたじろいて澪が口を噤む。
「で、その石精霊……は結局どこにいるんだ?」
それをフォローするように琴菜が話を続けた。
「他の人が揃ったら話すよ。君達地理に明るくないでしょ?」
それもそうだ、と頷きかけた瞬間、部屋に軽いノックの音が響いた。
「ナイスタイミングだね、どうぞー」
ジルコンが楽しそうに返答し、扉が開いた。
「入るぞーってあれ?ルーはぁ??」
暢気に入ってきたのは切りっぱなしの髪を真っ白(「しろいうなっ銀だっ!!」とは本人談)に戻るまでしっかり洗わされたカサンドラだった。拭き切れていない髪から雫がパタパタと肩口に落ちている。
「あ、カース君。ピンクマーブルは免れたんだ?」
「エレンに池に落としてでも白にするってホントにやられかけた」
「「「ピンクマーブル???」」」
「いずれ話してあげるよ~♪」
「で、ルーは??」
カサンドラは拭き切れていない頭を犬か猫のようにふって水気を飛ばそうとしているらしい。
「戸口をふさぐな、水を飛ばすな、ちゃんと拭け」
べしっと振り向いたカサンドラの顔面にタオルらしい布の塊を投げつけながらルギネスが入ってくる。
「怪我人も命が危ない、といえる者はいなかったようだ。警備の穴を埋めて、住民を落ち着かせてからでないと出発できそうにないな」
誰とも無く呟く。
「あ、そのことなんだけどね~。地図ちょうだい?」
唐突に言うジルコンに怪訝な顔も見せずに住居部分へ通じるドアへ向かう。
「えぇ?わかんな~いとか言ってたのお前だろ~?」
投げつけられたタオルで髪を乱暴に拭いながらカサンドラがジルコンに文句を言うと、言われたジルコンも飄々と答える。
「風向き変わったんだもん。分かっちゃった~♪めんどくさいとか言っても聞いてもらえないと思うよ~」
きゃんきゃんと言い合っている二人を無視するようにルギネスは出ていって、しばらくして小さく畳まれた紙を持って入ってきた。未だにじゃれ合うような会話を続けていた二人をさらに無視する。
「エレンを呼んできてくれ、サーニとガーナは戻ってないな?」
ホールに続く扉のすぐそばにいたらしい青年を呼び止めてルギネスが何か確認するとそのまま円卓に手にしていた紙を広げてみせる。
「飽きたら話がまとまらなくなるから今の内に話すぞ」
「飽きたら?」
「あの二人のことか?」
「そうだろうな。これは……地図か?」
円卓に広げられた大きな紙は縁が茶色く日に灼けて細かくうねるような曲線がおおざっぱに書いてある。
何か文字のような物が所々に書いてあるがどう読むのかは分からなかった。
「この文字は読めるか?」
「……見たことが無い」
「後で読み方を教える。表音文字だからすぐ覚えられるだろう。今いる『ヴェルトロ』はここだ」
ルギネスが指さすところには薄い朱色で印が付けられている。山に囲まれた地方都市らしい。
「今の『スティージェ』にある主な都市はいくつかある。ここは『中央都市・アエネース』、ここが『王都城下・シモニア』だ。『商業都市・ルカーヌス』、『最南の都市・ベタニヤ』、『最北の街・アリスタルコ』、『自治都市・ガイオ』。そして、この国のほぼ中央に位置するのが『王都・インテルミネイ』」
ここだ、といって指さす。それぞれ小さな丸が位置を表していて、それらの印を太い線が繋いでいる。
「主な都市は『インテルミネイ』を中心にしてそれぞれ街道で繋がっている。山や森を避けるように街道は通っているから少し遠回りになるな。でも街道沿いには小さな町や村が点在してるから野宿を避けたいならこの街道を行く方が良い」
ここまで説明したところで、身体をしっかり洗ってきたらしいエレンが小走りに駆け込んできた。
「すみません、遅くなりました。……若?ジルコンさん?」
「「……は~い」」
やっと静かになった室内で地図を囲み詳しい話が始まった。

第一章 第十三節
「え~っと、レイちゃん達が来てくれたおかげで『風向き』みたいなのが変わったんだと思うんだ。どの石精霊かまではちょっとわかんないけど、少なくとも一人は居場所が分かったよ」
そこまで言うとジルコンは、今いる『ヴェルトロ』を指さしそのまま斜め上、つまり北東の方向へ指を動かす。紙面上で止まった指先は淡い青に塗られた比較的広い位置を指さしていた。
「……『ベルギリウス』か?」
「ここ、何?」
きょとんとした瞳で春日がカサンドラを見上げる。
「湖。んなとこにいんの?」
少し顔をしかめてカサンドラが言う。
「間違いないよ、ここの中♪」
「「「「「……中?」」」」」
「うん、中vv」
にっこりと笑って言うジルコンと嬉しげに頷く春日は至極無邪気だった。

「中って中って……中ぁ!?」
一時恐慌状態に陥ったカサンドラは放って置かれることになっているらしい。
「とりあえず、ここまでの交通手段を考えないとな。……馬か、チェンバーは乗れるか?」
「……乗馬経験は無いぞ?」
「馬……乗れない……」
「コトナとカスガは乗れないのか……レイは?」
「乗れるぞ、その『チェンバー』とやらは見たことも無いが」
「「えっ!?」」
「……乗れるんですか?」
平然と言う澪に琴菜と春日は驚きの声を上げる。エレンも恐る恐るといった風情で聞き返す。
「同じ国から呼ばれたんじゃ無いのか?」
恐慌状態からいつの間にか戻ってきていたらしいカサンドラが問いかける。
「……お前、私とは京都の町中ですれ違いかけたんだよな?」
「あぁ……そうだったな」
澪の無表情な顔にわずかに怪訝な色が浮かび始める。
「……それがどうか……言ってなかったか?」
「何を?」
「俺の育ったトコ、京都じゃないって」
ケロリと言ってのけた澪の言葉に唖然としていたのは琴菜だけだった。

「北海道、ねぇ……」
翌朝、厩に案内されまずは練習だと連れてこられた広い空き地。
馬を与えられた途端いきなり体重を感じさせない動きでひらりと馬にまたがり、悠々と乗りこなしだした澪を驚きと共に眺めながら琴菜がなるほど、と呟いた。
「お、アイツ知らない人間振り落とすの大好きなのにすげーなー。上手い」
琴菜に手綱を渡しながらカサンドラが感心したように澪を見やった。
乗馬経験の無い琴菜でも綺麗な乗り方だと思う。乗りなれているのだろう。
「……そんな気性の荒い馬をいきなり渡したのか」
「馬たりねーんだよマジで。シャルロッテはまぁ大人しいから大丈夫だろ。」
悪気のない声で言い放つカサンドラに琴菜がため息をつく。
「えらく豪華な名前だな」
呆れ顔で傍らの馬を見上げる。しかし、その名に相応しい、上品で優しい目をした馬だと思った。
「ああ、厩番の趣味なんだトニーっての本人は。ついでにあれがエリザベスであれがアイリーンであれが」
「もういい」
「ちなみにオスでもそういう名前」
「……そうなのか」
こいつはどちらだろう、と琴菜が見上げるとシャルロッテが優しげな栗色の瞳で不思議そうに見返した。

「そうそう体は水平でーうん筋いいじゃん」
はじめこそ戸惑ったものの、しばらく乗っていると段々コツがつかめてくる。
上から見える馬の毛並みはつやつやとしていて大事に育てられているのが解った。
「へぇ、初めてなのにもうそこまで乗れるのか」
馬に乗ったまま、澪が軽快な動作で近づいてくる。
「ああ、思ったより難しいけどなかなか面白いな」
馬の頸を撫でると、温かい体温が伝わってくる。キライではない感覚だ。
「慣れるともっと爽快になるぞ」
穏やかに言う澪も心なしか微笑んだように見える。
「レイも笑うんだな~」
のほほんと言うカサンドラを無視して
「……あっちは慣れる以前の問題だがな」
澪は半分目を閉じるようにして三人から少し離れた所を眺める。
自分のことで精一杯だった琴菜がその目線を追うと、その先には悪戦苦闘する春日とルギネスがいた。

春日に宛われたのは厩番の名付けたところのクリスティーナ。気性が穏やかで戦闘に向かないともっぱら移動に使われている小柄な栗毛の馬だ。
「いい加減乗ってくれないか?」
「……だって落ちちゃうんだもん」
必要な馬具は全て付けているし、ルギネスがそばで補助をしているにも関わらず、春日はクリスティーナに乗ることさえ出来ずにいるらしい。
練習は同時に始めたはずだから、小一時間は乗ろうとしてずり落ち、乗ろうとして転がりを繰り返しているのだ。

「……ルーのヤツ、ずっと付き合ってンのか?」
すげー根性、とカサンドラが呆れたように呟く。
「転がり落ちた時に何度か馬に踏まれかけてたぞ、ルギネスが慌てて避けさせてたけど」
澪が言ってる間にも、再度挑戦した春日はルギネスの真上に転落している。
「乗ることから、出来てないって事か?」
「乗馬姿勢がどう、って話じゃないな」
言いながら澪は身軽な動作で灰色がかったその馬の背から地上に降り立った。
真似して降りようとする琴菜にまだ練習、とカサンドラが声をかける。
「アントワネット……だっけ?あまり調教してないみたいだな、悪い馬じゃ無さそうだけど」
やや目つきの鋭いアントワネットの頬の辺りを撫でながら澪はシャルロッテの手綱を引くカサンドラに厩番の居場所を聞いている。
少し離れた所から、ようやっとその背に乗り想像以上の高さに春日が上げた歓声が聞こえてきた。

第一章 第十四節

忙しいらしい彼らが長く居れる筈もなく、ルギネスとカサンドラが兵士に呼ばれて退席した後は自然と澪が指南役になり、ゆっくりと時間が過ぎていった。
春の風と暖かな草の匂いのする風。
陽光に僅かに赤く反射する黒髪を靡かせて琴菜は目を閉じてそれを感じる。
あんな血なまぐさいことがあったとは思えない穏やかさだ。

日が落ちる前には春日が辛うじて、琴菜はそれなりに乗りこなせるようになっていた。
馬も人もさすがに疲れ、世界を朱色が染めゆく中で澪と琴菜は風景を眺めながら座っていた。
前とは違う、赤く美しい世界。
春日はまだ興味深々に馬と戯れている。
元気だなぁと澪が僅かに苦笑する。
「しかし、拉致されてきた異世界で呑気に乗馬体験とはなぁ」
呆れた声で琴菜がため息をつく。
「ちょっと考えられないな」
夕日を見据えながら澪も頷いた。
「澪は私達の世界でも乗馬してたんだろう?ここの馬との違いってやっぱりあるのか?」
「うーん、こちらの馬の方が少し小柄で逞しいと思うが……際立った違いはないな」
オレンジ色の光を受けしなやかに走る馬は、確かに琴菜の目からも自分達の世界の馬と変わらないように見えた。
「出してもらった料理も普通というか、あっちと似たような野菜もあったしな。完全に一緒ではないんだけれど……この世界って、なんなんだろうな」
「俺も考えてはいるが……よくわからない」
今まで生きていた世界ととてもよく似た、違う世界。
物思いに沈みかけた二人の後ろから人の気配がし、人影を認めた春日が嬉しそうに手を振って駆け出した。
振り返ると兎耳の少女が夕日を受けて穏やかに微笑んでいる。
「エレンちゃんだー!どうしたの?ご飯?」
尻尾があったなら確実にぱたぱたふってるであろう表情と軽やかな動作で春日がエレンの手を握る。
『エレン=ご飯くれる人』の公式がすでに出来上がっているのか物凄い懐き様だ。
「ええ、みなさんお疲れ様です」
わーい、とさらにテンションをあげる春日をなだめながら草を払って自分の方へとやってくる澪と琴菜にエレンが軽く会釈する。
「すまないな、何からなにまでしてもらって……もしよければ次からは手伝う」
琴菜がすまなそうに言う。
「お客様のお手を煩わせるわけにも……でも澪さんもお料理お上手でしたし頼もしいですね、次からは少しお願いします」
エレンが申し訳なさそうに微笑む。
「わたしもー!」
春日がはいはいと元気に手をあげた。
「……あくまで個人的な予想だが……ぱりーん、がしゃーん」
ぼそっと琴菜が呟く。
「……否定はしない」
澪もやれやれとため息をついた。よくわからずにこにこしている春日。
それを見てエレンが楽しそうに笑う。
「ええ、春日さんもお願いしますね」
にこやかに答えたエレンに、琴菜が苦笑いしながら言う。
「チャレンジャーだな」
「そうですか?大丈夫ですよ……多分」
小首を傾げて微笑んだままエレンは平然と返した。

「そう言えば」
ふと思い出したように琴菜が澪に視線を向けた。
エレンと春日は彼女らの数メートル先を楽しそうに歩いている。
「ここに来てもう3日経ってる。家の人とか、心配しないか?」
並んで歩いていた澪は一瞬僅かに表情を強張らせたがすぐにいつもの無表情に戻る。
「……そういうお前はどうなんだ?」
二人の間にしばしの沈黙が訪れる。気まずい沈黙に割り込むように二人を振り返った春日が駆け寄ってきた。
「どーしたの?ご飯冷めちゃうよ?」
「「……何でもない」」
それだけ言うと後ろ向きに歩いていた春日を追い越すように二人は、少し先で三人を待っているエレンに追いついた。

その日の夕食は厩番のアントニウスも交えて賑やかなものになった。
そんな中、ルギネスだけがいつにも増して口数が少ない。ともすれば不機嫌に見えるほどだ。
「……何かあったのか?」
声を潜めて琴菜は隣の席で顔色も変えず酒をあおっているカサンドラに尋ねる。
「ぅ~ん……ちょっとなぁ~……」
珍しく歯切れの悪い言い方に琴菜を挟んで座っていた澪がさらに尋ねる。
「俺達の事で何かあったのか?」
「ん~……あんまり言いたくないんだよなぁめんどくて」
詳しくはルーかエレンに聞けば?とだけ言ってカサンドラは目の前に並んだ大量の料理を春日とそろって平らげ始めた。
疑問符を浮かべた琴菜と澪を尻目に宴は深夜にまで及んだ。

「……三日後に、出発する」
翌朝、寝起きの悪いルギネスが朝食の席で、何時にも増して掠れて聞き取りにくい声で宣言した。
「え~っと、『ベルギリウス』……だっけ?」
「石精霊さんを探しに行くんだよねっ」
朝から元気な春日とは対照的に、昨夜同様不機嫌な雰囲気を漂わせながらルギネスは続ける。
「あぁ。三人は特に自分の準備もあるだろうし、オレ達も片付けておかないといけない事項もある。コトナとカスガは準備の合間に乗馬を練習できるように頼んである」
「長時間の移動になるんだったら必要だろうな」
澪が静かに付け加えた。
それでは早々に準備を始めませんと、と言うエレンの一言でそれぞれ席を立った。
「なんか、ルギネスもカースも機嫌悪くなかったか?」
琴菜が服の準備をするというエレンに尋ねる。
「昨夜もルギネスは機嫌が悪いように見えたが?」
同じように澪が言う。
「……少し、もめ事が『テーヴェレ』内にありまして……」
昨夜のカサンドラ同様に歯切れ悪くエレンは答える。
「もめ事?ケンカしてるの?」
同じくらいの身長の春日が少し俯いたエレンの顔を首を傾げるようにして覗き込む。
「……『テーヴェレ』設立当時からですから、もう二年くらいになります。幹部級の方達の間で意見の対立や諍いが多くて……そのせいか一般の兵の間でもそれぞれの派閥にあわせて小競り合いが良くあるんです」
「ふぅん……ルギネスやカースが幹部ってことはだいぶ若い者が中心なんだと思ってたんだがその間で?」
「いえ……年代の差、と言うのがもめ事の原因かも知れません」
「って、それなりに年配のヤツもいるのか?」
「『一国で革命を起こす』と言う信念の本、集まったはずの同志なのですが……」
「ケンカしちゃってるんだね」
困ったような顔のまま、エレンは先を歩き始める。
「『石精霊』を探す事にも賛成しているは半数ほどです。邪神『ジュデッカ』の解放すら否定している方もいらっしゃいます。それでも、ルギネス様は何とか犠牲を最小限にしたいから、と自ら行動されて……実際にジルコンさんがこちらにいらっしゃらなければ誰も信じなかったでしょう」
邪神伝説はこの国の、否、世界の人々の中に浸透しきっている。だからこそ邪神が解放されたことを否定したがったのだとエレンは続ける。
「そんな……」
「……嘘であって欲しい、と言う思いが現実から逃避させてるのか」
絶句する琴菜と澪を尻目に、春日はエレンが旅支度にと取り出し始めた色とりどりの衣装に見入っている。
「現国王が邪神を解放させなければ、こんな事にはならなかったはずなんです」
珍しく、エレンが厳しい口調で言い放つ。
その激しさに三人は息を呑んだ。

第一章 第十五節『生きているから、歩き出す』

「沢山の人達が、大切なものを奪われました。……沢山の命が、消えました」
顔を伏せたエレンが血が出そうなほど唇を噛みしめる。
「だから、取り返したい。……これ以上奪われもしない」
全て取り返すことなど不可能だと知っている。
それでもこれ以上奪われたくない。少しでも取り返したい。
そんな想いが痛いほどに伝わってきて、つられて澪と琴菜も目を伏せた。
彼らがあまりに明るく過ごしているから実感出来なかったが、ここにいる人達は皆悲壮な決意を秘めているのだろう。
魔物が襲ってくる、それを退ける。それだけでも大変な事なのに、それだけではないのだ。
『革命』
何かを勝ちとるために、権力者に戦いを挑む事。賭けるものは命。
教科書でしか聞いた事のない言葉。知識として暗記だけしていたもの。
それがどんな思いで成り立っていたかなど今までは……恐らく今も理解など出来ていない。
誰も言葉を発せず、重苦しい空気が流れる。

そんな空気を払うかのように、エレンが笑顔を浮かべた。
「失礼しました。さ、準備を始めましょう」
てきぱきと手際よく服を選び、きちんと畳みなおすエレンはすっかり元の穏やかな雰囲気に戻っている。
「あ、あぁ……」
琴菜もなんとか笑顔を作り、頷いた。
「あ、ちょっと離れますね、すぐ戻りますのでこれ、整理してもらえますか?」
必要な物を思い出したのか、エレンが廊下の外へと出ていった。
それを見送って琴菜が服へと手を伸ばそうとしたとき、

「それなら、なおさらなんで俺達が呼ばれたんだ?」
澪の呟くような声が耳に入った。
二人が澪を見上げると、少し驚いて、失敗したというたような目を澪がした。
口に出している自覚がなかったのだろう。
「いや……俺達は部外者だ。だから最初は手伝う必要などないと思っていた」
琴菜が頷く。
「だが、今は寧ろ……俺達が呼ばれたところで、手伝える問題なのか?と……上手く言えないな」
言葉を選ぶように少し思案した後、澪がもう一度口を開いた。
「……正直、今俺達が受けている扱いは破格なんだと思う。世話を焼いてもらって、幹部級らしい人間と対等に口がきける。……まぁ拉致されて来た訳なんだからそれくらいしてもらってもいいと思うが。だがこれは大きな戦いだ。風向きが変わったんだとジルコンは言った。しかし小娘三人増えたところで何になる?組織内にも派閥があるという。部外者をいきなり引きこんで、とルギネス達の立場も悪くなるんじゃないのか?」
考えを整理しきれていないのか、ゆっくりと語る澪に、琴菜も考え込んだ。
確かにこういう組織では、余所者は歓迎されないように思われる。
それでも助けてほしい、と私達は呼ばれた。
しかし『どうやって』助ければいいのか?『なぜ』私達なのか?
その答えは未だ貰えていない。

「きっと、そのうちわかるよー」
今まで黙って聞いていた春日が場にそぐわぬ気の抜けた声を出した。
「お前な、そんな簡単な問題じゃないんだぞ……解ってるのか?」
少しイラついて琴菜がたしなめる。
「だって、なんとなくだけどルギネスさんとか意味のない事嫌いそうだし、必要じゃなかったら強引なことしなさそーなんだもん」
あっけらかんと言い放つ春日に、二人は思わず納得しかける。
会って数日ではあるが、確かにあまり無駄な事はしないタイプに見える。
「それでお前は……」
「あっエレンちゃんおかえりなさい!」
澪が何か言おうとした時に、手に沢山の袋をもったエレンが部屋へと戻ってきた。
「はい、戻りました。皆さんどんなのがお好きでしょうか?」
にこにこと床に袋を広げていく。旅行用の小袋だろうか、質素で可愛らしいものが多い。
「えーっとえーっと」
目を輝かせて選び出す春日と色々説明しながら微笑むエレン。
「レイさんとコトナさんも、選んでくださいね」
「……あ、ああ」
「とりあえず今は、準備か……」
二人も袋を囲んで品定めを始めた。談笑に段々と表情も緩んでくる。
しかし先ほどの会話は澪と琴菜の心の中へ確実に疑問の種を植え付けていた。

出発の日の朝、結局まともに一人で馬に乗れるようになれなかった春日は、野宿用の荷物を載せた小型の荷馬車を操るエレンと同乗する事になった。
それはそれで嬉しいらしく、しきりに荷馬車の周りをきょろきょろと観察している。
琴菜はかろうじて乗れるようになっていたので荷馬車で休憩しながらの小旅行になった。
「おでかけーっ♪『ヴェルギリウス』ってどんなとこ?」
はしゃぐ春日が荷馬車内を整理するエレンを手伝いながら話しかける。手際よく荷物を並べていた手を止めて、エレンはにこやかに答える。
「スティージェ国内で最も大きい湖ですよ。今の時期は湖岸に多くの花が咲いて、それが湖面に映ってとても綺麗なんです。周囲の山々の新緑も綺麗ですし美味しい野草もたくさん芽生えているでしょうね」
「わ~っ着いたら食べてみたいっ」
目を輝かせて春日は自分の着替えの入った明るい若草色の袋を抱きしめた。

一方外では、澪に教わりながら馬具の調整をしていた琴菜が、馬の鼻筋を撫でるジルコンに訊く。
「湖の中って言ってたよな、潜って探せってことか?」
「それは行ってみないとねーわかったのは湖の『中』ってだけだしぃ?ま、今くらいなら水に入ってももうそんなに寒くないから大丈夫っ。ねっ」
ジルコンが何故か楽しそうにカサンドラの方へ視線をやる。
「……カース?顔色悪いぞ?」
「……大いに気のせい」
訝しげにカサンドラを見ながら澪は馬上の人となった。
振り返った視線の先ではルギネスがギデオンに細々とした指示をしている。
「『ヴェルギリウス』までは通常往復で約4日。乗馬初心者を連れて山越えするから6日近くになると思う」
「こちらは私達で何とかなると思いますが、お早目にご帰還を。お気をつけて」
「なー俺やっぱり心配だし残っとくって」
カサンドラが割り込んで進言する。
「いいえ、お気使いは有難いですが若様も最近はお忙しかったわけですし、数日ですが少しは羽根を伸ばしてきてください」
100%好意のみで構成されたギデオンの言葉と同意する(むしろ自分達も行きたいと言わんばかりの)兵士達の笑顔にカサンドラがあからさまに嫌そうな顔をする。
「……いい加減観念しておけ」
ルギネスがため息をつきながらたしなめた。

ギデオンや町の人々に見送られてルギネス・カサンドラ・エレンと澪達三人は出発した。
石精霊と言うだけあってジルコンは本体という精霊石の形でルギネスの荷物の中に同行している。
春の空は晴れ渡っていた。