西村修平・街宣名誉毀損裁判:東京地裁判決(平成22年4月28日判決言渡)前編

平成22年4月28日判決言渡 同日判決原本領収 
平成20年(ワ)第2379号 損害賠償請求事件
判決

原告 千葉英司
被告 西村修平

主文
1 被告は、原告に対し、10万円を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その9を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
 被告は、原告に対し、100万円を支払え。

第2 事案の概要
1 本件は、東京都東村山市議会議員であった亡朝木明代を被疑者とする窃盗被疑事件及びその後に発生した同人の転落死事件を巡り、被告が、東村山駅前で開催された「朝木明代さん殺害事件を13年目の命日に市民に訴える!」と題する集会において、元東村山警察署副署長であった原告の同事件における捜査指揮等を批判する内容の演説を行ったほか、自らが管理するウェブサイトに同趣旨の記事を掲載したことにより、原告の名誉が毀損されたとして、原告が被告に対し、不法行為に基づき、慰謝料100万円の支払を求めたところ、被告は、上記演説及び記事の内容は真実であり、仮に真実でなかったとしても、真実であると信じるに足る相当な理由があったなどと主張して、原告の請求を争う事案である。
2 前提事実(争いのない事実、証拠[甲2、12,19,20,38,乙4の2,11、32,40,42の1・2、46、原告本人、被告本人]及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は、平成7年2月ころから平成9年9月ころまでの間、警視庁東村山警察署(以下「東村山署」という。)に副署長として勤務していた者である。
 東村山署は、平成7年7月12日、東京都東村山市議会(以下「東村山市議会」という。)議員であった亡朝木明代(以下「亡明代」という。)が洋品店からブラウスを万引きしたとする窃盗被疑事件(以下「本件窃盗被疑事件」という。)を、東京地方検察庁八王子支部(以下「地検八王子支部」という。)検察官に送致した。
 なお、原告は、本件窃盗被疑事件の捜査及び後記本件転落死事件の初動捜査を指揮した。(乙42の1・2)
イ 亡明代は、東村山市議会議員として、創価学会、公明党の政教分離原則違反を追及するとともに、公明党ないし創価学会が同市発注の公共工事の不正な受注に関与したことなどを追及するなどの活動をしていたが、平成7年9月1日、東村山市在住の6階建てマンション(以下「本件マンション」という。)から転落して死亡した(以下「本件転落死事件」といい、本件窃盗被疑事件と併せて「本件転落死事件等」という。)者である。
 朝木直子(以下「直子」という。)は亡明代の長女であり、東村山市議会議員である。矢野穂積(以下「矢野」という。)は、亡明代と協力して政治活動をしていた東村山市議会議員である。(乙32,46)
ウ 被告は、平成18年6月1日に設立された「主権回復を目指す会」と称する政治団体の代表に就任している者であり、創価学会を批判する活動等も行っている(乙40,46、被告本人)。
エ ○○○○(以下「○○」という。)は、本件窃盗被疑事件の現場となった洋品店「○○○○」(以下「本件洋品店」という。)を経営している者である。
(2) 本件窃盗被疑事件について
ア ○○は、平成7年6月19日午後3時過ぎころ、東村山駅前交番に、その管理に係るブラウス1枚(時価1900円)を亡明代に万引きされた旨届け出た(甲20、乙4の2、42の2、原告本人)。
イ その後、東村山署は、上記のとおり、平成7年7月12日、本件窃盗被疑事件を地検八王子支部検察官に送致した。なお、亡明代は、本件窃盗被疑事件を容認していた。
 原告は、上記送致後、東村山署の広報担当として、新聞記者らに対し、本件窃盗被疑事件の概要等のほか、同事件が亡明代による犯行と認められることなどを発表した。(乙42の2)
(3) 本件転落死事件について
ア 亡明代(当時50歳)は、平成7年9月1日午後10時ころ、本件マンションの5階と6階の間の非常階段から地上に転落して負傷し、埼玉県所沢市内の防衛医科大学校病院に搬送後、同日2日午前1時ころ、同病院において死亡した(甲38、乙42の2)。
イ 原告は、平成7年9月2日、新聞記者らに対し、本件転落死事件について、事件・事故の両面から捜査中であり、今後事実解明のため所要の捜査を行うと発表した後、事件性の有無につき「現場の状況、関係者からの聴取及び検視の結果等から事件性は薄いと認められる。」と発表した(甲19,20、乙42の2)。
ウ 東村山署は、平成7年12月22日、本件転落死事件を被疑者不詳の殺人事件として、地検八王子支部検察官に送致した。送致を受けた検察官は、平成9年4月14日、他殺の証拠は得られず、自殺の可能性が高い旨判断し、これを不起訴処分とした。
 なお、東京慈恵会医科大学法医学教室の医師らは、平成10年7月21日、平成7年9月2日に実施した亡明代の遺体に関する司法解剖及びその後の諸検査の結果に基づき、司法解剖鑑定書(以下「本件司法解剖鑑定書」という。)を作成した。本件司法解剖鑑定書には、上肢の損傷につき、「左上腕部後面、肘頭部の上左方4cmの部を中心に、2×2.5cmの紫青色変色部。左上腕部内側下1/3の部に、上下に7cm、幅3cmの淡赤紫色及び淡赤褐色皮膚変色部。加割すると皮下出血を認める。」、「右上腕部内側、腋窩の高さの下方11cmの部を中心に、上下に5cm、幅9.5cmの皮膚変色部を認める。加割すると皮下出血を認める。」、「右前腕部内側、肘頭部の高さの下方9cmの部を中心に、上下に5.5cm、幅6。5cmの範囲に栗粒大以下の紫赤色皮膚変色部及び1×1.6cm以下の紫青色皮膚変色部多数を認める。加割すると皮下出血を認める。」と記載されている。(甲20、乙11、42の2)
(4) 演説及び記事
ア 演説について
 被告は、平成20年9月1日午後3時30分ころ、東京都東村山市東村山本町所在の東村山駅東口広場において開催された「朝木明代さん殺害事件を13年目の命日に市民に訴える!」と題する集会において、拡声器を使用して、通行人らに対し、「創価学会の四悪人」という表題の下に、「東村山署 須田豊美? “? 千葉英二副署長 地検八王子 吉村弘 信田昌男」と記載された被告作成に係る看板を指し示しながら、別紙1記載の内容の演説(以下「本件演説」という。)をした(被告本人)。
 被告は、本件演説において、「東村山署須田豊美刑事係長、千葉英司副署長、この2人が朝木明代さんの謀殺事件を自殺として覆い隠す、物事を握り潰そうとした張本人。須田豊美刑事係長、千葉英司副署長、さらにこの事件を取り上げた東京地検八王子支部の吉村弘、信田昌男、この2人は紛れもしない創価学会の執拗、筋金入りの学会員。須田豊美、千葉英司も同じ穴の狢。この4人が一体何をしでかして朝木明代さんの謀殺を自殺事件に仕立て上げようとしたか」と述べた(以下「本件演説部分」という。)。
 また、本件演説が行われた際には、「謀殺事件真相究明」と記載されたのぼりや「真相究明を!朝木明代元市議変死事件」とするプラカードも掲示されていた(甲2)。
イ 記事について
 被告は、その管理する「主権回復を目指す会」と題するウェブサイトにおいて、平成20年9月1日付けで「番外編【用品店「○○○○」を表敬訪問、慌てふためく創価の取り乱し】〈何と!あの千葉英司副署長が「○○○○」の“店主”として登場する〉万引きでっち上げこそが謀殺を「自殺」にすり替えるキーワード」という表題の下に、別紙2記載の記事(以下「本件記事」という。)を掲載した(甲12)。
 本件記事には、「千葉英司、13年前に、朝木市議の謀殺を『自殺』と断定し、闇に放り込もうとした元東村山署副署長だ。さらに朝木市議を万引き犯としてでっち上げた張本人である。」との記載(以下「本件記事部分」といい、本件演説部分と併せて「本件各表現」という。)がある。
 また、本件記事には、「13年間母の無実の為に戦ってきたご息女の直子議員を、この千葉英司副署長学会ライターから守ならければならない。社会正義を実現するために、彼女を助け、真相を明らかにするため戦いの手を緩めてはならない。」などとも記載されている。
 なお、上記ウェブサイトには、本件記事と同日付で、「朝木明代さん殺害事件を13年目の命日に市民に訴える!創価学会の“疑惑”に沈黙するな!〈東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の追及を〉」との表題の下、本件演説に関し「殺人の時効まで後二年、この事件のやり直しを検察庁に求めて我々は立ち上がった。13年目にあたる9月1日、東村山駅頭と現場でこの『朝木明代さん殺害事件』の真相を求める街宣活動と献花を行った。」と記載された記事が掲載されており、本件演説の際の周囲の様子を撮影した写真や本件演説の様子が記録された動画も掲載されている。
3 争点
(1)名誉毀損性
(2)違法性阻却事由
(3)故意又は過失の阻却事由
(4)損害
4 争点に関する当事者の主張の要旨
(1)争点(1)(名誉毀損性)について
(原告の主張)
ア 本件演説部分は、「原告が創価学会の四悪人の1人である。」、「原告が朝木明代謀殺事件を隠蔽し自殺とねつ造しようとした。」との各事実を摘示して、原告個人の社会的評価を低下させるものである。
イ 本件記事部分は、「原告が朝木市議謀殺事件を隠蔽しようとし、また、同市議に対する万引き事件をねつ造した。」との事実を摘示して、原告個人の社会的評価を低下させるものである。
(被告の主張)
 本件各表現は、東村山署の機関である副署長としての原告の捜査指揮を批判したもので、原告個人を対象としていないから、その名誉を毀損するものではない。
(2)争点(2)(違法性阻却事由)について
(被告の主張)
ア 公共性及び公益性
 本件各表現は、原告ら東村山署警察官が、創価学会の高級幹部である本件転落死事件等の捜査を担当した検察官らとともに、本件転落死事件を自殺として片付けようとしたことにつき、このような不公正な捜査の是正と一日も早い犯人の検挙を求めることを目的としており、公共の利害に関する事実につき、もっぱら公益を図る目的で行われたものである。
イ 真実性
 本件各表現の内容は全て真実である。このことは次の事実から明らかである。
(ア)本件窃盗被疑事件がえん罪であること及び創価学会の関与等
 以下のとおり、亡明代を被疑者とする本件窃盗被疑事件はえん罪である。原告ら東村山署及び地検八王子支部の検察官は当初から亡明代の本件窃盗被疑事件を刑事事件として立件する意図等がなく、また本件窃盗被疑事件に創価学会の関与があったと強く疑われる。
(1)本件窃盗被疑事件において、原告ら警察官は、被害品が収納されていたとされるビニール袋を押収して犯人の指紋を採取しなければならなかったのに、これを怠った。捜査官がこのようなミスをすることは通常考えられない。
(2)原告ら警察官は、被害品を押収しなければならなかったのに、これを押収しなかった。
(3)本件窃盗被疑事件当日、亡明代の着ていた洋服は北海道拓殖銀行村山支店において撮影されているが、これと同じ洋服を直子が着て同支店において撮影した写真を○○に見せたところ、○○は同洋服は犯人の犯行時の着衣とは異なる旨供述した。
(4)東村山署が押収している上記銀行において撮影された亡明代の写真には、○○や目撃者■■■■の犯人識別供述とは異なり、黒っぽいスーツを着ていなかったことが判然と映っていたはずである。
(5)亡明代には、本件窃盗被疑事件当時、矢野とともにファミリーレストラン「びっくりドンキー東村山支店」で食事をしていたというアリバイがある。同事件当日のレジジャーナルがあればこれを証明できるはずであるが、東村山署はこれを押収していながら、その写しの提出を拒んでいる。
(6)本件窃盗被疑事件を地検八王子支部へ送致した当日、東村山市議会副議長で公明党の木村芳彦は、東村山署において、原告と話し込んでいた。そして、亡明代は、生前、創価学会からの脱会者が同学会員から受ける迫害について相談を受けてこれを助け、東村山市における同市と公明党との癒着を追及し続けてきた結果、創価学会と厳しい緊張関係にあったことなどを考慮すると、本件窃盗被疑事件及び本件転落死事件がいずれも創価学会によるものであることが強く疑われる。
(イ)本件転落死事件は殺人事件であること及び創価学会の関与等
 亡明代が殺されたこと、これに創価学会が関与している可能性が高いことは、次の事実から明らかである。
(1)動機の欠如、本件転落死事件前の状況等
a 上記のとおり、本件窃盗被疑事件はえん罪であるから、亡明代には自殺する動機がなかった。
b 亡明代は、自殺など絶対にしない強靱な精神力を有していた。このことは、同人の政治的・社会的活動歴を見れば明らかである。
c 平成7年9月1日午後9時19分、亡明代が矢野に対し「ちょっと気分が悪いので休んでいきます。」と電話した際の音声は、生命の危険に直面した状態での音声であったと鑑定されている。
d 亡明代は、本件転落死事件当日の午後、本件窃盗被疑事件の弁護人と同事件について打合せをし、同弁護人から同事件がねつ造でなければ完全な人違いである旨の説明を受けて、同事件が不起訴とならなければあくまでも戦い抜く闘志を燃やしていた。
e 亡明代は、平成7年9月3日、高知市において開催される「ヤイロ鳥」主宰の宗教シンポジウムにパネリストとして出席することになっていたから、その2日前に自殺するはずがない。
(2)皮下出血等
a 本件司法解剖鑑定書において明らかになった亡明代の皮下出血は、亡明代が犯人と揉み合ったときに生じたものである。とりわけ、左右上腕内側の皮下出血は、亡明代を拉致し殺害した犯人と揉み合った際に生じたものであることは、法医学の専門的見地から見て間違いない。
b 原告ら東村山署警察官は、上記司法解剖の結果が出る前である平成7年12月に本件転落死事件の捜査を打ち切った。
c 本件司法解剖鑑定書には、遺体の薬物検査という重要な項目が欠落しており、その理由は、地検八王子支部検察官が、裁判官に請求した鑑定請求の検査事項の中に薬物検査が欠けていたからである。これは、上記検察官が、本件転落死事件が殺人事件であることを確定的に証明する証拠を封ずるための手段であった可能性が極めて高い。
(3)靴及び鍵束
a 亡明代が、本件転落死事件当日、自宅から本件マンションまで歩いていった事実はない。すなわち、亡明代が自宅から本件マンションまで歩いていったとすれば、自ら自宅に鍵を掛け、靴を履いて歩いて出かけたはずであるが、本件転落死事件の現場である本件マンションの下で発見された亡明代は靴を履いておらず、靴は見つかっていない。また、当日、裸足で歩いていた亡明代を目撃した者はいないし、直後行われた警察犬を用いた捜査によっても、現場付近から靴は発見されず、亡明代の自宅から本件マンションまでの間、亡明代の臭気が続いていることの確認はできなかった。さらに、亡明代は、当日夜、事務所を出て自宅に向かった際に、同事務所に鍵を掛けているから、鍵束(以下「本件鍵束」という。)を所持していたはずであるが、亡明代の遺体には本件鍵束はなく、上記捜査によっても現場付近から本件鍵束は見つからなかった。
b 本件鍵束は、東村山署による現場付近の捜索後に、本件マンション2階階段において、同マンション2階に所在する飲食店の店員により発見された。これは、亡明代の拉致殺人犯人が上記捜索後、同所に置いていったことを意味する。
c 本件鍵束には何の表示もついていなかったから、東村山署の遺失物係が亡明代の物であることを知るはずがないにもかかわらず、これを知っていた理由は、東村山署が亡明代を殺した犯人からこれを聞いていたからにほかならない。
d 東村山署は、本件鍵束の鍵について指紋採取もせず、他の遺失物と一緒の箱に放り込んでいた。
(4)本件転落死事件当時の状況等
a 本件転落死事件当日午後10時ころ、本件マンションの複数の住人が「ギャー!」という声の後に「ドスン」という音を聞いたと述べているが、自殺する者が「ギャー!」という声を出すとは考えられない。
b 東村山署は、亡明代が本件マンション5階の階段踊り場から自力で手すりを上り落下したと主張していながら、その手すりの指紋を採取していないし、亡明代の着衣と手すりとの摩擦による痕跡についても捜査していない。本件司法解剖鑑定書において、亡明代の遺体の掌に擦過傷等は認められていない。同踊り場の手すりの高さは、109センチメートルないし151センチメートルあるから、当時50歳の女性である亡明代が自力で手すりに上って落下することは不可能である。
c 亡明代は、転落直後、これを発見した本件マンション1階の飲食店店主に対し、「飛び降りてはいません。」と判然と述べている。
(5)創価学会の関与
a 創価学会が平成7年9月1日に亡明代と直子との電話連絡を盗聴した結果、犯人は、同日10時ころ亡明代が自宅に1人でいることを事前に確認し、自宅から拉致した上、本件マンションから落下させた可能性が高い。
b 創価学会は、脱会者や自らを批判する者は絶対に許さず、これに徹底的な嫌がらせ、誹謗中傷、謀略、暴行、傷害等のあらゆる攻撃手段を講ずる集団であって、そのすさまじさについては公知のことである。
c 事件当時の地検八王子支部長及び担当検事は、創価学会の高級幹部信者である。創価学会は、亡明代が本件窃盗被疑事件を苦にして自殺したとの報道をしてきた。
(ウ)東村山署は、亡明代の本件転落死事件について、以上のほかにも、次のような異様な対応をしている。
(1)原告は、亡明代が自殺した証拠など何もないのに、亡明代が本件窃盗被疑事件を苦にして自殺したもので事件性はないと一貫して広報し続けた。原告は、捜査責任者として、本件窃盗被疑事件について当然すべき基本的な捜査もしないまま平成7年7月12日事件を送致し、同日、「朝木明代市議を万引き被疑事件で東京地検八王子支部へ送致した。」と広報し、また亡明代の本件転落死事件については捜査もしないうちから、「朝木市議が万引き事件を苦にした自殺で事件性は薄い。」と広報し、以後一貫してその旨主張してきた。また地検八王子支部が殺人被疑事件として亡明代の遺体について司法解剖する手続を採っていながら、その鑑定結果が出る前に、東村山署は、同年12月22日、「朝木市議のマンション5階からの転落死は自殺である。」として捜査を打ち切り、地検八王子支部も平成9年4月14日亡明代の殺人被疑事件について不起訴処分をしていたが、これは犯罪捜査規範の規定に違反した著しい不公正な捜査である。
(2)本件転落死事件当日現場に到着した救急隊は、24分間も現場で亡明代の致命傷ではなかった足の手当てをしていた。東村山署の警察官は、救急車が現場に到着する前に落下したけが人が亡明代であったことを確認しつつ、救急隊が現場で24分間も意味のない治療をしていた様子を把握していた。
(3)本件転落死事件当日午後10時33分ころ、矢野が東村山署へ亡明代が行方不明であるため情報が入ったら教えて欲しいとの電話をしていたが、東村山署は、事件が発生したことを把握してから直ちに矢野に情報を伝えず、亡明代の遺族に亡明代の死亡を知らせたのは、同人が本件マンションから落下したことを確認してから5時間後であった。
(エ)したがって、本件窃盗被疑事件及び本件転落死事件はいずれも創価学会によるものであることが強くうかがわれる。亡明代が本件窃盗被疑事件を犯したとする証拠などはもともとなく、犯人グループには亡明代を殺害する計画があり、亡明代は万引きを苦にして自殺したものであると宣伝するために本件窃盗被疑事件をねつ造した可能性が極めて高い。そして、原告が属する東村山署と地検八王子支部が亡明代謀殺事件を無理矢理自殺事件として片付けたものである。原告が事件当時の地検八王子支部長及び担当検事である創価学会の高級幹部信者2名と「同じ穴の狢」であるという表現は、亡明代謀殺事件後原告が捜査機関として広報してきた内容が、「明代は万引きを苦にして自殺したものである。」という創価学会が言いふらして来た内容と全く同じであったため、被告には創価学会幹部の上記検察官と同類に見えたものである。
 なお、「創価学会の四悪人」との表現は多少激越であるが、現職の市議会議員であった亡明代が殺害された事件に対し公正な捜査をすべき原告らが犯罪捜査らしい捜査もしないまま意図的に自殺事件として葬り去ったことからすれば、国民の立場から言えば許し難い悪人である。「創価学会の四悪人」との表現は、亡明代謀殺事件に対する捜査機関の違法な対応に対する論評として未だ許容される範囲内である。
(原告の主張)
ア 公益性
 本件各表現は、原告個人を貶める侮辱的表現を多用しているから、その目的は原告に対する人身攻撃であり、公益目的に出たものとはいえない。
イ 真実性
 真実性の立証対象は、「原告が創価学会の四悪人の1人であること」及び「原告が亡明代謀殺事件を隠蔽し自殺とねつ造したこと」の各事実であって、「本件窃盗被疑事件がえん罪であること」、「亡明代の本件転落死事件が他殺であること」ではない。また、「本件窃盗被疑事件がえん罪であること」、「亡明代の本件転落死事件が他殺であること」が立証対象になるとしても、各事実が真実であるとの立証はできておらず、真実性に関する被告の上記主張は、いずれも根拠がない。このことは次の事情からも明らかである。
(ア)真実性に関する被告の上記主張は、記事(乙28、32)を引用したものであり、その内容のほとんどは、別件の裁判で本件窃盗被疑事件の亡明代のえん罪及び亡明代の他殺の証拠とは認定されなかったものである。逆にこれらを否定する月刊誌等の記事の情報源である原告の捜査に基づく広報等に違法性はないなどと認定された判決は確定しており、上記えん罪及び他殺の真実性を否定した東京高等裁判所平成21年1月29日付け判決も確定している。
(イ)本件窃盗被疑事件がえん罪であるとはいえないこと
(1)犯人特定がされていた本件窃盗被疑事件で、警察がビニール袋の指紋採取をしなかったことは、捜査の常識に違背するものではない。
(2)矢野らが作成した再現写真は、本件窃盗被疑事件当日に亡明代が着ていた服とは異なるものであるから、この点に関する被告の主張は前提を欠いている。また、○○は、犯人の服の色はグリーングレーであると一貫して供述しており、被告が主張するように「黒っぽい」と供述したことはない。
(3)亡明代がアリバイ資料として提出したレジジャーナルは、他人のものであり、亡明代のアリバイを裏付けるものではなかった。亡明代は、警察官による3回目の取調べの最後にアリバイを調べ直すと言ったが、調べ直したアリバイ主張をしないまま死亡したものであり、原告らは、亡明代に対し、アリバイ証明の機会を十分に与えている。また、矢野のアリバイに関する主張内容は変遷しており、同人が「日替わりランチ」を食べたとする時間帯には、同ランチは売り切れていたなど客観的事実に反するもので、供述内容もあいまいであった。
(ウ)本件転落死事件が他殺とはいえないこと、創価学会が亡明代の謀殺に関与したといえないこと
(1)動機
a 動機不明の自殺は珍しいことではない。
b 亡明代は、被告が主張する弁護士との打合せがあったという時間帯には自宅にいた形跡があり、弁護士と面接していない可能性がある。
c 原告ら東村山署警察官は、本件転落死事件について、亡明代が本件窃盗被疑事件で書類送検された検察庁への出頭日が迫っていたことを苦にしたのではないかと判断したものである。このような判断は次の事情からも支持される。すなわち、亡明代が本件転落死事件の数時間前から転落現場周辺を1人でうち沈んだ様子で徘徊していたのを複数の人が目撃していること、亡明代が地検八王子支部から出頭要請を受けた後の平成7年8月31日、亡明代は転落現場から少し離れた道路に放心状態で飛び出して東村山市長らが乗車していた公用車に衝突しそうになったこと、警察捜査によって虚偽のアリバイが見破られた上に被害届を取り下げさせる目的で被害者を脅したために悪質性が高いと認定された本件窃盗被疑事件は、起訴権限を持つ検察官によって捜査が開始されたことを知った亡明代と矢野にとって精神的に相当の負担があったことが推察されることなどである。
d 日本音響研究所作成に係る鑑定書(乙10。以下「本件音声鑑定書」という。)には、被告の主張する「生命の危険な脅迫状態で架電させられたもの」との記載はない。
(2)皮下出血等
a 本件司法解剖鑑定書には、被告の主張する「上腕部に犯人と揉み合ったときに生じた皮下出血がある。」との記載はなく、写真説明の項目の中にも上腕部部分は含まれていないのであり、被告の主張する損傷が他人と争ってできた可能性があることをうかがわせる記載はない。山形大学名誉教授鈴木庸夫(以下「鈴木教授」という。)作成に係る平成21年3月17日付け鑑定補充書(乙34。以下「本件鑑定補充書」という。)も他殺の証拠となり得ない。
b 原告は、法医学の専門的知識を持つ検死官とその補助社として警視庁鑑識課員と警察権を要請して初期捜査を行った。原告は、その初期捜査を遂げた時点で、警視庁関係課と協議し、署長の決裁を受けた広報案文に基づき「事件性は薄く、飛び降り自殺の可能性があるが引き続き捜査する、」と広報したにすぎない。原告の捜査に基づく広報には違法性はないと認定した判例は確定している。なお、本件窃盗被疑事件を苦に自殺との広報は、東村山署長が行ったものであり、原告は行っていない。
c 原告は、平成7年9月2日に行われた司法解剖の結果について、同日解剖執刀医師の所見に基づき上記広報を実施し、捜査終結に伴う東村山署長の「犯罪性はなく、万引きを苦にした自殺と思われる。」との広報は、同年12月であるから、東村山署が、亡明代の遺体の司法解剖の結果が出る前に自殺であるとして捜査を打ち切ったわけではない。
d 東村山署長は、平成7年9月2日、解剖執刀医師から亡明代の血液等を提出してもらい、同月4日、警視庁科学研究所長に鑑定を依頼し、その結果、同所長から、同月19日、「血液には揮発性薬物(エーテル、クロロホルム・吸入麻酔剤等)及び劇毒物は含有しない。アルコールは検出されなかった。」との回答を得ている。同鑑定に関する書類は検察官に送付された。
(3)靴及び本件鍵束
a 東村山署は、亡明代が事務所から靴を履かず、また事務所及び自宅の鍵を所持しないまま転落現場に至ったと判断した。これは次の事実からも支持される。すなわち、同警察は警察犬を使い転落現場を中心に亡明代の靴及び所持品の捜索をしたが発見に至らなかったこと、靴の存否が未確認なのは、矢野と亡明代の夫は亡明代の事務所及び自宅に対する警察官の立入りを拒否したためであることなどである。
b 警察犬は体調や環境等によって嗅覚が機能しない場合がある。
c 警察犬が帰った後に本件鍵束が置かれた可能性があるとしても何者が何の目的で置いたかは解明できていない。
(4)本件転落死事件当時の状況等
a 東村山署は、本件マンション5階手すりに残された手の跡を確認し、指紋採取を試みたが、指紋は採取できなかったにすぎず、手の跡があったことは、取材の記者も確認し、亡明代の遺族らも視認している。
b 東村山署の現場検証の結果では、5階から6階に通じる階段の手すり(防護壁面)は3段の構造で、各階は21センチメートルの差があり、床面も各手すりの高さに相応し21センチメートルの差があることから、隣の段の床面に立てば、高さ109センチメートルの防護壁面が21センチメートル短くなり、88センチメートルとなる。したがって、身長約160センチメートルの亡明代が自力で上ることは可能である。
c つかまる部分のない上記防護壁面の外側に手を掛ければ必ず落下するのが道理であり、つかまろうとして手を掛けた跡のある直下で落下に伴う重傷を負った亡明代が倒れていたのだから、手の跡が亡明代以外のものでない事実は明白である。
d 亡明代は、本件マンション1階の飲食店店主に対し、「飛び降りてはいない。」とはっきり述べたのではなく、「落ちたのですか。」と質問されて、左右に顔を振りながら「違う。」と答えてこれを否定したにすぎない。同飲食店店主の共同記者会見の反訳書(乙8の2)は、会見した人物は発見者本人ではないし、録音反訳を担当したのは亡明代の遺族・関係者であり、会見の全部が録音・反訳されておらず、しかも録音テープの提出を拒否した経緯があることから信用性に疑問がある。
e 東村山署は、亡明代は矢野に午後9時19分に電話した後から転落の午後10時少し前までの間に事務所に立ち寄った跡に転落現場に行き、自殺したものと判断した。これは次の事実からも支持される。すなわち、転落現場の本件マンションの正面は、駅前の交番からロータリーを挟んで約50メートル先の視線内にあり、同マンション裏側に隣接する駐車場には管理人が車両の出入りを監視していたのであり、人に気づかれずに亡明代を運び込むのは不可能であること、転落した本件マンションのエレベータが5階で停まっていたことから、亡明代はエレベータを使い5階に上ったことが推測されることなどである。
(5)創価学会の関与
 創価学会が亡明代の「謀殺」に関与したという被告の主張は臆測にすぎない。
(6)亡明代の救助状況
 被告は、亡明代が転落した後現場に到着した救急隊の対応に不備があり、現場に急行した警察官がけが人が亡明代であることを認識しつつ、その不備を把握していた旨の主張をしているが、警察官は、転落した者の身元が分からなかったので、救急隊に対しその者の住所、氏名は不明であると説明しており、警察官が転落した者が亡明代であることを認識していた事実はない。
(3)争点(3)(故意又は過失の阻却事由)について
(被告の主張)
 本件各表現が仮に真実でなかったとしても、被告がこれを真実であると信じるに足る相当な理由があった。このことは、争点(2)(被告の主張)イ記載の各事実から明らかである。
(原告の主張)
 争う。被告は、本件各表現をするに際し、原告に対する確認や取材を全く行っておらず、単に亡明代の遺族・関係者から受け取った文書内容に基づいて主張しているにすぎない。
 なお、東京高等裁判所平成21年3月25日付け判決書(乙33)、本件鑑定補充書は本件演説及び本件記事の後に作成提出されたものであるから、相当性の根拠とすることは許されない。
(4)争点(4)(損害)について
(原告の主張)
 本件各表現によって、原告の社会的評価は著しく低下したが、その精神的苦痛に対する慰謝料は100万円を下らない。
(被告の主張)
 争う。




2011年1月20日:ページ作成。
最終更新:2011年01月20日 18:25