西村修平・街宣名誉毀損裁判:東京高裁判決(平成22年10月28日判決言渡)前編

平成22年10月28日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成22年(ネ)第3403号 損害賠償請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所立川支部平成20年(ワ)第2379号)
口頭弁論終結日 平成22年8月5日

判決

(住所)
控訴人 西村修平
同訴訟代理人弁護士 田中平八
(住所)
被控訴人 千葉英司

主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。

第1 控訴の趣旨
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

第2 事案の概要
1 本件は、東京都東村山市議会議員であった亡朝木明代の転落死事件をめぐり、控訴人が、東村山駅前で開催された「朝木明代さん殺害事件を13年目の命日に市民に訴える!」と題する集会において、亡朝木明代は計画的に殺害されたものであるのに、東村山警察署副署長であった被控訴人は、謀殺事件を自殺事件に仕立て挙げて隠ぺいしたとの内容の演説を行ったほか、控訴人が管理するウェブサイトの同趣旨の記事等を掲載したことにより、被控訴人の名誉が毀損されたとして、被控訴人が控訴人に対し、不法行為に基づき、慰謝料100万円の支払を求めたところ、控訴人は、上記演説及び記事の内容は真実であり、仮に真実でなかったとしても、真実であると信じるに足る相当な理由があったなどと主張した事案である。
 原判決は、被控訴人の本件請求は、控訴人に対して10万円の支払を求める限度で理由があるとしてその限度でこれを容認し、その余は理由がないとしてこれを棄却した。控訴人は、原判決中控訴人敗訴部分を不服として控訴した。被控訴人は控訴も附帯控訴もしない。
2 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張の要旨は、3のとおり当審における控訴人の主張の要旨を加えるほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2から4まで(原判決2頁4行目から19頁22行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決3頁22行目の「非常階段」を「外階段」に、6頁16行目及び19頁5行目の各「故意又は過失」をいずれも「責任」に改める。)。
3 当審における控訴人の主張の要旨
(1) 控訴人が、本件窃盗被疑事件は冤罪であり、本件転落死事件は殺人罪であったと信ずる相当な理由があったことは、以下に述べる事実から明らかである。
ア 直子が、本件転落死事件当日の平成7年9月1日午後10時過ぎに自宅へ着いたときには施錠されていたが、午後10時半ころ、本件マンションから落下していた亡明代は、靴を履いておらず、自宅と事務所の鍵が付いた本件鍵束も所持していなかったから、当夜、亡明代の自宅に施錠した者は亡明代以外の者、つまり、亡明代を自宅で拉致換金し、本件マンションの何階かは不明だが階段の踊り場まで運び、そこから突き落とした犯人グループであることは経験則に照らして間違いない。
イ 本件鍵束については、平成7年9月11日、東村山署遺失物係から亡明代の遺族に対して、「鍵束が見つかった。」との連絡があったところ、本件鍵束には亡明代の鍵束であることを示す標識は何もなかったから、東村山署があらかじめ本件鍵束が亡明代の鍵束であることを知っていたことと意味し、これは、本件転落死事件が殺人事件であることを知っていたことを示すものである。
ウ 本件転落死事件が殺人事件であったことを証明する証拠として、以下の証拠がある。
(ア) 本件マンションの下で倒れていた亡明代を見つけたモスバーガーの店主が「飛び降りたのですか。」と聞いたら、亡明代は「飛び降りてはいない。」と明確に否定した。
(イ) 亡明代が本件マンションの踊り場から落下したころに、「ギャー」という女の悲鳴とその直後にドスーンという音がしたことを本件マンションの住民が聞いているが、亡明代が自殺したものならば、「ギャー」という悲鳴は発しないはずである。
(ウ) 亡明代が、本件転落死事件の当日午後9時19分に自宅から矢野に電話した「ちょっと気分が悪いので、休んでいきます。」との「ファイナルメッセージ」の音声は、極度の精神的緊張の状態で架電していたことが鑑定の結果明らかになった。
(エ) 本件解剖鑑定書の創傷の部位程度の頃の「上肢の損傷」欄に記載されている上腕内側の皮下出血による皮膚変色は、被害者が犯人と揉み合ったときに生ずるものと考えるのが法医学の常識であり、これは、亡明代が当夜自宅で犯人グループにら致された際、犯人に左右上腕を強く掴まれて行動の自由を奪われていた際に犯人の指先に強く圧迫されて発生した皮下出血であり、本件転落死事件が殺人事件であったことを証明する決定的な証拠である。
(オ) 被控訴人の主張によれば「亡明代は、事件当夜、本件マンションの外階段の5階から6階の手すりによじ登り、体の向きを180度変え、手すりの外側に腹部を向けて手すりに掴まって落下した。」というが、もし亡明代が、高さ109cmから151cmの手すりによじ登り、体の向きを180度変えて手すりにぶら下がったものならば、亡明代の遺体の掌や指に顕著な擦過傷や強い圧迫による皮下出血による皮膚変色が必ずあったはずであるが、本件司法解剖にはそのような記載は一切ない。
エ 亡明代が落下した状態は、殺人犯人グループにより、本件マンションの階段踊り場からうつむけに水平の状態で突き落とされたものとしか考えられない。
オ 原告直子外、被告株式会社潮出版外の東京地方裁判所平成9年(ワ)第18260号損害賠償等請求事件の判決は、亡明代が万引きをした犯人と断定することはできないし、亡明代が自殺したとの事実が真実であるとは認められないと認定している。被控訴人直子外、被控訴人本件被控訴人の東京高等裁判所平成20年(ネ)第2748号損害賠償請求事件の判決は、直子及び矢野が、本件窃盗被疑事件は冤罪であり、本件転落死事件は他殺であったと信ずべき正当な理由があったことを肯定している。
(2) 本件演説部分及び本件記事部分は真実であり、仮に真実でなかったとしても控訴人が真実であると信じるにつき相当の理由があったことは、以下の事実から明らかである。
ア 被控訴人は、控訴人が指揮をとった亡明代に関する本件窃盗被疑事件及び本件転落死事件についての捜査記録に基づき、本件転落死事件は亡明代が本件窃盗被疑事件で地検八王子支部の検察官から呼び出しを受けていたことを苦にした自殺の可能性が高く、事件性は低いと主張するが、被控訴人の主張を裏付ける捜査記録は、本件司法外貌鑑定書以外は一切提出されていない。しかるに、原判決は、控訴人の上記主張を容認し、原審において開示されていない上記刑事事件の証拠の標目を判決に引用している。これは証拠によらずして裁判したものであり、民事訴訟法219条の解釈を誤った違法がある。
イ 本件窃盗被疑事件の被害者である(店主)は、万引き犯人が着ていたスーツと当日亡明代が着ていたスーツとは、色も違うし、ブラウスの襟もマオカラーと違うし、犯人が着ていたスーツには亡明代が当日着ていたスーツのような縦縞模様はなかったと別件法廷で証言しており、本件窃盗被疑事件は冤罪であることは既に証明十分である。本件窃盗被疑事件はあらかじめ計画されていた可能性が極めて高いものであり、本件窃盗被疑事件がねつ造された理由は、引き続き発生する本件転落死事件に際して、自殺事件として闇に葬り去るため、亡明代が本件窃盗被疑事件で検察官から呼び出しを受けていたことを苦にした自殺事件であると広報するための計画的謀略であった可能性が極めて高く、それ以外の理由は考えられない。
ウ 東村山署須田豊美係長は、平成7年9月2日、亡明代が防衛医科大学校病院で死亡したとき、この事実を亡明代の遺族に知らせることなく、担当医に対し、「マスコミ関係者には死亡した女性が朝木明代であることを知らせないでほしい。」と述べ、東村山署は、矢野から亡明代の捜索願の申出を受けているのに、亡明代の遺族や矢野に知らせることなく遺族の承諾のないまま亡明代を納棺し、遺族の抗議に対しても遺体の引渡しをせず、行政解剖を主張し、遺族が同意しなかったため司法解剖をすることとなった経緯があり、このように東村山署が亡明代の家族や矢野に連絡をしなかった理由は、「亡明代の本件転落死事件を自殺事件として闇に葬るために、亡明代が本件マンションから落下して瀕死の重傷を負っている事実、防衛医科大学校病院に搬送した事実、防衛医科大学校病院救命救急治療室で治療したが死亡した事実を亡明代の家族や矢野にできるだけ知らせない間に、遺体を荼毘に付して殺害証拠をなくすこと。」以外には考えられないものである。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所の判断の要旨は、次のとおりである。
 (マル1)本件各表現は、被控訴人の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させ、その名誉を毀損するものであると認められ、(マル2)本件各表現は、東村山署副署長としての本件転落死事件に関する捜査指揮等に関連するものという事柄の性質上、公共の利害に関する事実に係るものであるといえ、また、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められ、(マル3)本件各表現で摘示又は前提とされた事実の重要な部分である、「亡明代は、計画的に殺害されたものであること」、「被控訴人が、上記事実を知りながら、これを自殺事件に仕立て上げて隠ぺいしようとしたこと」、「創価学会が亡明代の謀殺事件にかかわっており、被控訴人は、創価学会の学会員である検察官2名と結託して上記隠ぺいに加担する不正を行ったものであり、学会員である検察官と同類のものであること」、「被控訴人がその隠ぺい工作として亡明代が万引きをしたという虚偽の事実をねつ造したこと」の各事実の真実性の証明を検討すべきであり、(マル4)「亡明代は、計画的に殺害されたものであること」の事実は、(あ)亡明代が自宅を出てまもなく帰宅した直子が自宅で認識した状況、(い)異常な行為が行われれば比較的容易に認知できる状況にあるのに、本件転落死事件に第三者が関与していたことを示す事実の目撃者等が現れていないこと、(う)倒れているところを発見された際の亡明代の行為は、計画的な殺害の被害にあった者が被害直後に第三者に発見されたときの行為として理解することは困難なものであること、(え)認定される客観的事実と整合性のある転落状況を想定すると、その転落状況が計画的な殺害によって生じたというのは困難であることなどを考慮すると、真実性の証明はないと言うべきであり、(マル5)「亡明代は、計画的に殺害されたものであること」の事実を前提とする「被控訴人が、上記事実を知りながら、これを自殺事件に仕立て上げて隠ぺいしようとしたこと」、「創価学会が亡明代の謀殺事件にかかわっており、被控訴人は、創価学会の学会員である検察官2名と結託して上記隠ぺいに加担する不正を行ったものであり、学会員である検察官と同類のものであること」の各事実の真実性の証明はないというべきであり、(マル6)本件窃盗被疑事件の捜査敬意によれば、「被控訴人が、亡明代が万引きをしたという虚偽の事実をねつ造した」という余地はなく、同事実の真実性の証明はないというべきであり、したがって、本件各表現の違法性は阻却されず、(マル7)控訴任が参考にした資料によって、「亡明代は、計画的に殺害されたものであること」を控訴人が信じるについて相当の理由があったと認めることはできず、「被控訴人が、上記事実を知りながら、これを自殺事件に仕立て上げて隠ぺいしようとしたこと」、「創価学会が亡明代の謀殺事件に関わっており、被控訴人は創価学会の学会員である検察官2名と結託して上記隠ぺいに加担する不正を行ったものであり、学会員である検察官と同類のものであること」、「被控訴人が、亡明代が万引きをしたという虚偽の事実をねつ造したこと」の各事実は控訴人の推測にすぎず、信じるについて相当の理由があったと認めることができず、意見又は論評として許容される範囲内であるともいえないから、責任は阻却されず、(マル8)被控訴人の被った精神的苦痛を慰謝するには10万円が相当である。
 以下、詳論する。
2 争点(1)(名誉毀損性)について
(1) 本件演説部分について
 本件演説部分は、これと一体をなすその余の部分、とりわけ創価学会がオウム真理教に比類する巨大なカルト集団であり、亡明代の謀殺事件にかかわっていると断定的に主張する部分および前後の文脈等の事情を総合的に考慮し、一般の徴収の普通の注意と受け取り方を基準として判断すると、亡明代は計画的に殺害されたと断定的に主張した上、東村山署副署長であった被控訴人が捜査に当たり、亡明代が自殺したものとして処理したことについて、被控訴人が、同署刑事係長及び地検八王子支部の検察官2人と共に、亡明代が計画的に殺害されたことを知りながら、謀殺事件を自殺事件に仕立て上げて隠ぺいしようとしたと主張し、さらに、被控訴人及び上記刑事係長もこれと結託して上記隠ぺいに加担する不正を行ったものであり、学会員である検察官と同類のものであると主張し、上記各事実を摘示するとともに、同事実を前提に被控訴人の行為及び人格の悪性を強調する意見又は論評を公表したものと解することができる。
 したがって、本件演説部分は、被控訴人の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものというべきである。
(2) 本件記事部分について
 本件記事部分は、これと一体をなす本件記事の表題及びその余の部分、とりわけ本件窃盗被疑事件の被害店舗の経営者を「創価学会信者」と記載し、被控訴人を同店舗の「ガードマン(?)として登場する創価学会の怪!」と記載している部分及び文脈を総合的に考慮し、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すると、亡明代は計画的に殺害されたと主張するとともに、東村山署副署長である被控訴人は、創価学会の関係者であって、捜査に当たり、亡明代が計画的に殺害されたことを知りながら、自殺と断定してこれを隠ぺいしようとしたもので、その隠ぺい工作として亡明代が万引きをしたという虚偽の事実をねつ造したと主張し、上記各事実を摘示するとともに、同事実を前提にその行為の悪性を強調する意見又は論評を公表したものと解するのが相当である。
 したがって、本件記事部分は、被控訴人の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものというべきである。
(3) 控訴人は、本件各表現は、東村山署の機関である副署長としての被控訴人の捜査指揮を批判したもので、被控訴人個人を対象としていないと主張する。
 しかしながら、本件各表現は、被控訴人の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させ、その名誉を毀損するものであると認められる。
(4) よって、本件各表現は、被控訴人の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させ、その名誉を毀損するものであると認められる。



2011年1月20日:ページ作成。
最終更新:2011年01月20日 22:00