第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も、控訴人らの請求は理由がないものと判断する。その理由は、次に記載するほか、原判決の理由記載と同一であるからこれを引用する。
(1) 本件の事実経過
原判決事実及び理由欄第2の1の前提事実(5頁以下)及び証拠(甲3ないし・・・略)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 亡明代は、各種ボランティア活動や地域活動を行っていたところ、昭和57年ころ控訴人矢野と知り合い、活動を共にするようになり、昭和61年ころから、同控訴人らとともに市民新聞を発行し、新聞に折り込んで配布していた。
亡明代は、昭和62年4月に東村山市議会(市議会)議員選挙に立候補して当選した。
亡明代及び控訴人矢野は、東村山市の行政に関して多数の住民監査請求の申立てをしたり、それに引き続いて地方自治法に基づく住民訴訟を提起した。
これらの監査請求のうち認容されたものもあり、住民訴訟でも大部分は、訴え却下あるいは請求棄却になっているが、一部は請求が認容されたものもあった。なお、控訴人矢野らは、そのほかに会議録副本発行頒布禁止の仮処分とか、委員会傍聴不許可処分無効等確認やその処分の執行停止とか、一般質問通告不受理処分無効等請求事件なども提起しているが、これらはいずれも請求が認められていない(乙1添付の別紙訴訟一覧)。〔引用者注/
行政訴訟一覧参照〕
イ 亡明代は、平成4年10月19日午後3時ころ、市役所5階のロビーで、川崎千代吉議会事務局長(川崎事務局長)が、その雰囲気や態度などから右翼あるいは暴力団関係者と思われる人物と応対しており、さらに、その人物が川崎事務局長に領収証を手渡していたところを見た旨、控訴人矢野に報告した。
控訴人矢野と亡明代は、同日午後4時ころ、同控訴人の事務所から川崎事務局長に電話をかけ、相手方の了承を得ないまま、その通話内容を録音した(甲4)。
その中で川崎事務局長は、「朝木さんから、議会で聞かれたって俺は言わないよ。俺は口が裂けたって言わないよ、やばいもの」などと話している箇所があるが、その会話でも、当日有っていた人物が右翼かどうか、また領収書の交付の有無等については、何も具体的なことは述べられていない。
ウ 亡明代は、平成4年11月17日付で、市議会議長に対し、上記領収証手渡しの現場を目撃したとして、「右翼関係者への公金支出に関する抗議申入書」を提出した。
また、控訴人矢野は、同月18日付の市民新聞にそれに関する記事を掲載し(甲3,12の4)、併せて新聞社に対して上記抗議申入書(甲12の7)を提出した。そして、同年12月9日の市議会において、右翼関係者への議長交際費からの公金支出の有無について事実関係を明らかにするための調査を議会運営委員会(委員会)に付託する旨の決議がされた。
エ 委員会は、平成4年12月10日に市議会議長と川崎事務局長の出頭を求め、上記公金支出の有無を直接確認したが、両名はこれを否定した(甲10、乙7)。
委員会は、同月14日に亡明代の出席を求め、上記の抗議申入書に関する質問を行うなどしたところ、亡明代は、その場で上記イの録音の反訳書を読み上げ、また、その目撃したとする状況を述べるなどしたが、そのほかには、上記公金支出を具体的に裏付ける証拠は提出しなかった。
同月18日の市議会で、委員会は、10月19日の右翼関係者への公金支出はなかった旨の調査結果を報告し、その報告について承認決議がされた(甲15、16,乙9)。
その後、この問題に関して、翌19日午前零時ころ、被控訴人勝部レイ子が「
朝木議員に猛省を促し陳謝を求める決議」案を提出し、亡明代を除く議員26名により、その決議が可決された(本件決議、甲15,乙47)。
オ 被控訴人大橋朝男及び同木内徹は、市民新聞には、かねてから事実を歪曲する記事や議員に対する個人攻撃に及ぶ記事が掲載されていると感じており、これに反論する必要があると考えていた。
たとえば、昭和63年ころ、東村山市内の中学の副教材費の値引き差額分を教師が横領しているかのような記事が市民新聞に掲載され、亡明代もその旨を市議会で取り上げたが、調査の結果、そのような事実はなかった。〔引用者注/鸞鳳〈
東村山四中リベート疑惑事件〉参照〕
また、昭和63年6月発行の市民新聞では、被控訴人木内徹が空カンなどの回収のリサイクル運動をしながら、その「収益はちゃっかり自分の活動資金に」などとの記事が掲載されたが、その裏付けはなかった。
さらに、被控訴人議員25名の中には、控訴人矢野らが市政その他の事柄で、何か問題があるとすぐに訴訟を提起すること、また、事ある毎に対立する者に対し、裁判を起こすなどと述べてきたことに反発する者も多かった。
カ 上記オのような経緯があり、被控訴人議員25名及び亡国分秋男は、発行責任者として名を連ね、本件決議の全文を掲載した「超党派で作る新聞」(本件印刷物1、甲1)を作成し、平成5年1月13日ころ、新聞朝刊に折り込む方法で東村山市内の約4万世帯に配布した。その内容は、原判決別紙3記載のとおりである。
これに対して、平成5年1月20日発行の市民新聞は、「ムラ議会ご乱心決議」との見出しのもと、不正を正そうとした亡明代にいいがかりをつける決議を強引に可決したものである旨の記事を掲載した(乙13)。
また被控訴人勝部レイ子の支援グループが発行している「わくわくネットワーク」では、右翼関係者への公金支出の疑惑につき、委員会での調査内容は、全体の真相究明になっておらず、信憑性に欠ける旨指摘した(甲17)。
キ 亡明代は、東村山市や市議会議長らに対し、本件決議の無効確認や、それによる名誉毀損の損害賠償等を求める訴えを提起した(東京地方裁判所平成5年(行ウ)第4号)。
上記訴訟の被告らは、その口頭弁論期日において、川崎事務局長との会話を録音したテープ(本件録音テープ)の存在や、亡明代が準備書面で本件録音テープの反訳として主張した会話の内容を認める旨の認否をした(甲5の1,2,4)。
その後、亡明代は、決議無効確認の訴えを取り下げ、名誉毀損について平成5年10月に請求棄却の判決がなされた(乙1)。
市民新聞は、判決後、「右翼への議長交際費支出を示す証拠を、ムラ議長側が、第1審で認める!」との標題のもと、「ムラ議長側が、朝木議員が当時の議会事務局長が、議長の命令で、右翼へ議長交際費を支出した事実を証明する証拠として提出の証拠を認めており、口頭弁論調書にもはっきり記録されている。」などとの記事を掲載した(乙4)。
ク 被控訴人KAは、新聞販売店を営むものであるところ、広告取次店から市民新聞第23号の折込配布の依頼を受け、平成3年7月16日に翌日の朝刊とともに配布する同新聞の折込作業を終了した。ところが、同日夕刻、控訴人矢野から、同市民新聞には訂正箇所があるので、折込配布を中止してほしいとの申し入れを受けた。被控訴人KAが既に約2800世帯分について折り込み作業を終了しており、抜き取りはできないと答えると、控訴人矢野は、抜き取りを拒否すると被控訴人KAにも迷惑がかかる可能性がある旨述べた。
その後、被控訴人KAは、翻意して同日中にその抜き取りを終えた。控訴人矢野は、同日午後10時30分ころ、被控訴人KA方に来て、抜き取られた市民新聞を持っていこうとしたが、その際、同被控訴人には直接、挨拶や謝罪はしなかった。
ケ 被控訴人KAは、上記のような控訴人矢野の態度に立腹し、広告取り次ぎを行っているKIから依頼のあった平成3年7月24日分及び同年8月28日分の市民新聞の折込を拒絶したところ、控訴人矢野はそれは独占禁止法に違反するとして、撤回するよう書面で被控訴人KAに通告した(丁4の1,2)。
被控訴人KAは、同年8月10日、市民新聞の折込配布を引き続き拒絶する旨回答したが、この書面中に、「貴社発行紙には他人を中傷誹謗する記事が掲載されたことがあり、新聞に折り込むには不適当なものがある」との記事があった(丁5)。
そこで、控訴人矢野は、被控訴人KAに対して、折込配布を拒絶したこと及び同書面による名誉毀損を理由として損害賠償等を求める訴えを提起したが(東京地方裁判所八王子支部平成4年(ワ)第1548号)、平成5年7月15日、請求棄却の判決がされた(丁1の1)。〔引用者注/
「東村山市民新聞」折込拒否裁判参照〕
コ 被控訴人議員25名のうち被控訴人田中富造、同土屋光子を除く23名(被控訴人議員23名)は、平成6年5月11日、「市議会を正しく理解していただくための新聞 超党派で作る新聞」第3号(本件印刷物2,甲2)を発行し、主として読売新聞の朝刊に折り込むことによって東村山市内の約3万3000世帯に配布した。
その内容は、原判決別紙4記載のとおりである。被控訴人大橋朝男は、同木内徹とともに被控訴人KA方を訪れ、上記ケの控訴人矢野と被控訴人KAとの間の裁判の内容を聴取し、これを本件印刷物2の記事にした。その後、被控訴人大橋朝男がその記事を被控訴人KAに見せたところ、同被控訴人から「断ると迷惑がかかる」と言ったため同被控訴人が折込を断ったと書かれている部分は、事実と異なるとの指摘を受けたが、当該部分を訂正することはしなかった。
(2) 本件印刷物1による名誉毀損の成否
ア 人の名声、信用等に対する社会的評価を低下させるような事実を摘示する行為については、それが公共の利害に関する事実に係り、・・・(※違法性阻却事由の説明)
イ 本件につきこれを見るに、控訴人らが、本件印刷物1の事実摘示及び論評のうち、名誉毀損として主張する箇所は、控訴人らの当審における主張(1)アのaないしe記載のとおりである。
このうち、亡明代が具体的な根拠がないにもかかわらず、右翼暴力団関係者に対して議長交際費を支出したとの事実を公表したとの事実の摘示と、そのような行動をしたことが議員としてきわめて軽率であるとの論評の部分とから成っている。
これら本件印刷物1の記事は、右翼関係者への公金支出問題に対する市議会議員の対応という公共の利害に関わる事項に関して、専ら公益を図る目的で作成されたものであることは明らかである。
ウ 上記(1)の認定事実からすれば、亡明代は、川崎事務局長が右翼暴力団関係者に議長交際費を支出したという事実を市議会議長に対する抗議申し入れ書などの形で公表していること、しかし、その公金支出の事実を客観的、具体的に明らかにする事実がなかったことは明らかである。
そうすると、上記証拠(甲57の1ないし4)によれば、平成12年になって委員会が平成2年度から平成10年度までに支出された議長交際費の調査を行ったところ、平成3年5月及び平成4年4月に「北方領土返還要求運動推進協会 日本楠心会」に対して議長交際費から、それぞれ1万円及び2万円が支出されていることが判明している。
しかし、これは時期的に見て、亡明代が目撃したとする公金支出とは異なるものであり、この点も上記の判断を左右するものではない。
また、これらの事実を起訴とする上記の論評も、それだけをみれば、表現としてやや行きすぎとみられる面がないではない。しかし、上記(1)認定のように、亡明代と政治的活動を共にしている控訴人矢野が編集している市民新聞においては、それ以前から市議会議員らの実名を挙げて批判的な記事を掲載するなどしていたこと、本件印刷物は、それに対抗する手段として発行されたものであるという性格を有することなどの事情を考慮すれば、それが政治的な表現の自由の行使として許容される範囲を明らかに逸脱しているとはいえない。
エ したがって、本件印刷物1について名誉毀損は成立しないというべきである。なお、控訴人らは、上記の点につき、被控訴人らは、その真実性につき主張、立証をしていないかのように主張するけれども、弁論の全趣旨によれば、原審において被控訴人らはその旨の主張をしているものと認められるし、その立証があると認められることは上述のとおりである。
(3) 本件印刷物2による名誉毀損の成否
ア 上記(1)認定事実及び弁論の全趣旨によれば、本件印刷物2中、亡明代及び控訴人矢野らに関する部分は、本件印刷物1と同様、市議会議員である亡明代とそれを支援する控訴人矢野の政治的活動に関連する活動についての事実を東村山市民に広く知らしめ、その是非を市民に問うことを目的としたものであると認められるから、公共の利害に関わる事項に関して、専ら公益を図る目的から作成・配布されたものと認めることができる。
イ 本件印刷物2には、市民新聞の代表者である控訴人矢野が、「裁判ごっこマニア?」であるとか、いたずらに裁判を起こし、また、自分たちを批判するものを「裁判するぞ」と脅かしたりしているの記載がある。
上記(1)認定事実からすれば、たしかに控訴人矢野はきわめて多数の訴訟事件を提起しているが、そのほとんどは敗訴に終わっていること、また、自分と意見が対立する者に対して、裁判を起こすなどと言っていたことが認められるのであって、上記の記事がその主要部分において、事実の基礎を欠くものということはできない。
もっとも、「ごっこ」とか「マニア」とはいかにも侮蔑的な要素を含む表現であって、その論評の仕方は、それだけをみれば、表現としてかなり行きすぎの面を含むものである。
しかし、他方、本件印刷物2も控訴人矢野らの発行する市民新聞に対抗する表現手段として発行されたものであること、その市民新聞においては、かねてから市議会議員らの個人攻撃とみられるような記事が掲載されていたことなどの政治的な緊張関係があったことを考慮すれば、本件印刷物2の上記のような表現が直ちに政治的な表現の自由の行使として許容される範囲を逸脱しているとは認めがたい。
ウ 本件印刷物2には、
a 新聞販売店主が市民新聞には他人を誹謗中傷する記事が掲載されることがあり、新聞に折り込むには不適当だと控訴人矢野に回答した
b これに対して控訴人矢野が断ると迷惑がかかるなどと脅しともとれる態度をとった
c 控訴人矢野は裁判を脅しに利用する、という記事がある。
上記(1)認定事実からすれば、aは事実であると認められる。bについては、上記(1)認定事実からすれば、「断ると迷惑がかかるよ」というのは、正しくは折込作業を終えた新聞の抜き取りを拒否した際、控訴人矢野が述べたことであり、事実と異なる。
しかし、この記事は、被控訴人KAが市民新聞の折込を拒否したことについて控訴人矢野が訴えを提起したが敗訴したことを伝える記事の中で、被控訴人KAが市民新聞の折込を拒否するに至った経緯を説明している部分にすぎず、そして、この記事の核心的部分は真実であると認められるのであるから、この記事は主要な部分において真実であると認めることができる。
なお、cの論評については、上記イからすれば、必ずしもその事実の裏付けを欠くとはいえないし、表現方法として必ずしも適切とはいえない面はあるけれども、上述のように、本件印刷物2が政治的な緊張関係の下で市民新聞に対抗する表現手段として作成され、配布されたものであることや、市民新聞におけるそれまでの記事内容当をも考慮すれば、それをもって直ちに論評として許容される表現の範囲を逸脱したものとまではいえない。
エ 本件印刷物2には、裁判所に提出された証拠を市議会議長側が認める旨、市民新聞に記載したことが、裁判所がその証拠を正しいと認めたと市民に誤解させることをねらった姑息なトリックであるとの記載がある。
上記(1)認定事実からすれば、市民新聞に「右翼への議長交際費支出を示す証拠を、ムラ議長側が、第1審で認める」との記事が掲載されたことは事実であるので、問題は、それに対する上記のような、意見、論評の適否である。
上記(1)認定事実からすれば、その証拠とは本件録音テープやその反訳書を指すと解されるが、これらはそれ事態では必ずしも右翼への議長交際費の支出を示す証拠とはいえないと認められる。
また、証拠の提出を相手方や裁判所が認めたというだけでは、その証拠の内容が真実であると認められたわけではないことが明らかである。
ところが、この点に関する市民新聞の記載は、訴訟に通暁しない一般人をして、裁判において、当該書証の内容が正当なものであることが承認され、右翼への議長交際費の支出があったことが認められたかのような印象を与えるものであることは否めない。
そうすると、上記市民新聞の記事は、その旨の誤認を狙って記載したものであると論評されてもいたしかたないというべきであり、これをもって論評としての相当性の域を逸脱したものとはいえない。
オ 本件印刷物2には、
a市民新聞の発行には30万円をこえる金額がかかっていると思われるにもかかわらず、その資金の出所が不明であること、
bその発行所や責任者名も掲載していないのは何かやましいことがあると思われることなごが記載されている。
しかし、aの記事は、具体的な事実を摘示するものではないし、その内容からしても、直ちに控訴人矢野らの社会的評価を低下させるようなものとは認めがたい。
また、bの記事も、間接的に亡明代らの社会的評価の低下につながるような意見が述べられているけれども、具体的な事実を摘示するものではなく、全体としてみて、それが直ちに亡明代や控訴人矢野の名誉を毀損する記事に当たるとはいえない。
カ 以上のようにみてくると、本件印刷物2についても名誉毀損は成立しないというべきである。
2 結論
したがって、控訴人らの請求は理由がないから、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。