りんごっこ保育園名誉毀損(平成18年附帯決議)裁判:第1審判決

平成20年2月29日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平野照男
平成18年(行ウ)第136号 決議無効確認等請求事件
口頭弁論終結日 平成19年12月14日

判  決

原 告 X〔高野博子〕
原告訴訟代理人弁護士 中田康一
同訴訟復代理人弁護士 福間智人

東京都東村山市本町一丁目2番地3
被 告        東村山市
被告代表者東村山市議会議長(議会の処分に係る訴えにつき)
           丸山登
被告代表者市長(上記以外の訴えにつき)
           渡部尚
被告訴訟代理人弁護士 奥川貴弥
           川口里香
           山崎郁
           菊池不佐男
           鈴木恵美
           水内麻起子

主  文
 1 本件訴えのうち、東村山市議会が平成18年3月24日にした平成18年度東京都東村山市一般会計予算に対する附帯決議が無効であることの確認を求める部分を却下する。
 2 被告は、原告に対し300万円及びこれに対する平成18年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 原告のその余の請求を棄却する。
 4 訴訟費用は、これを2分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
 5 この判決は、第2項に限り、これを仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 1 東村山市議会が平成18年3月24日にした平成18年度東京都東村山市一般会計予算に対する附帯決議が無効であることを確認する。
 2 被告は、原告に対し500万円及びこれに対する平成18年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 前項について仮執行宣言
第2 事案の概要
 本件は、原告が、東京都東村山市内において、東京都知事から児童福祉法に基づく認可を受けて「りんごっこ保育園」を設置し、これを運営していたところ、東村山市議会が、平成18年度一般会計予算の附帯決議として、東村山市は、りんごっこ保育園に対し設備の改善等を強く指導し、改善されなければ東京都に認可の再考を働きかけること(同附帯決議1項)などの決議を行い、同決議の内容を掲載した広報誌を東村山市民に配布し、また、同決議が掲載された会議録を市立図書館で閲覧に供するなどしたことから、原告が、被告に対し、行政事件訴訟法3条4項に基づき同決議の無効確認を求めるとともに、東村山市議会が上記の行為をしたことにより原告の名誉が毀損されたと主張して国家賠償法1条1項に基づく損害賠償として500万円の支払を求めた事案である。
 1 争いのない事実等(証拠により容易に認められる事実は、末尾にその証拠を掲記した。)
  (1) 原告は、東村山市において、児童福祉法7条1項が定める児童福祉施設(保育所)である「りんごっこ保育園」を設置し、これを運営する者である。
  (2) 東京都知事は、りんごっこ保育園が、児童福祉法45条1項に基づき厚生労働大臣が定めた児童福祉施設の設備及び運営についての最低基準である児童福祉施設最低基準(昭和23年厚生省令第63号。平成18年厚生労働省令第155号による改正前のもの)を満たしているとして、平成16年9月30日付けで同法35条4項に基づいてりんごっこ保育園の設置を認可した。
  (3) 東村山市議会は、平成18年3月24日、以下の内容の「議案第47号『平成18年度東京都東村山市一般会計予算』に対する附帯決議」をした(以下「本件附帯決議」という。)。(甲1)
「 平成17年3月25日、平成17年度東京都東村山市一般会計予算案を可決するに際し、りんごっこ保育園の設置者であるX氏の訴訟に対する不誠実な対応を正し、園の運営や設備に関する改善を行うよう、4項目について実行を強く求め、附帯決議を行ったところである。しかし既に1年を経過しようとしているにもかかわらず、りんごっこ保育園においては設備の改善などが行われず、法人化を行う兆しも無い状況である。東村山市においては、次代を担う子供たちを健やかに育てるため、良好な保育環境の実現を目指し、東村山市私立保育所設置指導指針を定めている。しかるにりんごっこ保育園設置者は、設置及び開園に向けての事前協議においても調整への真摯な対応も行わず、更に開園後においても、事務連絡以外、理事者や所管部の管理職が訪問しても、協議の場の設定に応じようとする姿が見られないとのことである。よって、東村山市議会は、次のことを実行するようふたたび強く求めて、「議案第47号・平成18年度東京都東村山市一般会計予算」に対する附帯決議とする。
1、東村山市は、りんごっこ保育園に対し、良好な保育環境実現のため、設備の改善など、子供が主人公の園づくりを進めるよう、強く指導すること。そして、何らの改善も見られない場合は、東京都に対して認可の再考を働きかけること。
2、東村山市は、りんごっこ保育園に対して、安定的に良質な保育が継続されるよう、個人立から速やかに法人化するよう強く指導すること。
3、東村山市は、りんごっこ保育園園長・X氏に対し、園長会や地域エリア円卓会議など、地域の関係機関のネットワークに参画し連携を深めるよう、強く指導すること。
4、東村山市は、りんごっこ保育園に対し、第三者評価制度については、東京福祉サービス評価推進機構の標準評価項目に加え、当市の追加項目の評価を含めた審査を受けるよう、強く指導すること。」
  (4) 東村山市議会は、「ひがしむらやま市議会だより(No.177)」(以下「本件市議会だより」という。)を平成18年5月1日付けで発行し、その第1面に、「平成18年度予算可決される~りんごっこ保育園に関する附帯決議も~」との大見出しを付け、本件附帯決議に至る経緯とともに本件附帯決議1項ないし4項の内容を掲載し、これを東村山市の全戸に配布した。(甲2)
  (5) 被告は、「東村山市議会3月定例会会議録副本」及び「東村山市議会3月定例会会議録副本(資料)」(以下「本件会議録」という。)を平成18年6月23日付けで発行し、これに本件附帯決議を全文掲載して東村山市の一部職員らに配布し、東村山市立図書館等において閲覧に供した。(甲3、4)
 2 争点
  (1) 本件附帯決議の無効確認を求める訴えについて
   ア 訴えの適法性(争点1)
   イ 本件附帯決議は無効な処分か。(争点2)
  (2) 名誉棄損による損害賠償を求める訴えについて
   ア 本件附帯決議(1項)の決議をし、その内容を本件市議会だよりに掲載して東村山市の全戸に配布した行為等が原告の名誉を毀損するか。(争点3)
   イ 本件附帯決議等による名誉棄損は違法性が阻却されるか。(争点4)
   ウ 損害の額(争点5)
 3 争点に関する当事者の主張
  (1) 争点1(本件附帯決議の無効確認を求める訴えの適法性)について
  (原告の主張)
 本件附帯決議は、東村山市長に対し、りんごっこ保育園が設備等を改善しないときは東京都知事に対し認可再考の働きかけを行うことを義務付けるものであり、原告に対しても、設備の改善等を強制するものであるから、本件附帯決議は、行政事件訴訟法3条4項の「処分」であり、本件附帯決議の無効確認を求める訴えは、同項の無効等確認の訴えとして適法である。
  (被告の主張)
 行政事件訴訟法3条4項の「処分」というためには、国又は公共団体の行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められていることを要するところ、本件附帯決議は、法的な拘束力を伴うものではなく、直接原告の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効力を有しないから「処分」に当たらない。また、本件附帯決議の無効確認を求める訴えは、具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関するとはいえないから「法律上の争訟」(裁判所法3条)に当たらない。
 よって、本件附帯決議の無効確認を求める訴えは不適法である。
  (2) 争点2(本件附帯決議は無効な処分か)について
  (原告の主張)
 東村山市長は、りんごっこ保育園の認可申請について東京都知事に対し、原告の申請内容が児童福祉施設最低基準に適合しているとの意見書を提出していたにもかかわらず、東村山市議会が、りんごっこ保育園のみを対象として本件附帯決議をしたことは、信義則及び平等原則に反し、裁量権を逸脱、濫用する違法があり、本件附帯決議は無効である。
  (被告の主張)
 原告は東村山市から保育事業の委託を受け、りんごっこ保育園には同市から委託料及び補助金が交付されているから、東村山市議会が、同保育園の設備等の改善を重視し、附帯決議の形で改善を要望することは不合理でなく、信義則及び平等原則にも反しないから、本件附帯決議は無効でない。
  (3) 争点3(本件附帯決議(1項)をし、その内容を本件市議会だよりに掲載して東村山市の全戸に配布した行為等が原告の名誉を毀損するか)について
  (原告の主張)
   ア 本件附帯決議1項は、「りんごっこ保育園は、その施設等を改善しなければならず、改善がない場合は、東村山市は、認可権者である東京都知事に対し、同保育園の認可を取り消すよう再考を働きかける必要があるほど劣悪な環境である。」という内容の事実を摘示するものである。
   イ 東村山市議会は、次の各行為により、上記アの事実を摘示して、原告が劣悪な保育所を設置経営する者であるかのように明示することにより、原告の名誉を毀損した。
    (ア) 東村山市議会は、平成18年3月24日、公開の議場において、決議案の全文を読み上げて、本件附帯決議を原案どおり可決した。
    (イ) 東村山市議会は、平成18年5月1日付け本件市議会だよりに本件附帯決議を掲載し、東村山市全戸(約6万4000世帯)に配布した。
    (ウ) 東村山市議会は、本件会議録に本件附帯決議を掲載し、東村山市職員等に配布し、東村山市立図書館において市民の閲覧に供した。
  (被告の主張)
 本件附帯決議1項は、前段において「りんごっこ保育園は、児童福祉施設最低基準を満たし、より良好な保育環境実現のため設備を改善する必要のある保育園である」という事実を摘示し、この事実を前提として、後段において、東村山市議会が、東村山市に対しりんごっこ保育園に指導を行うこと及び認可権者である東京都知事に対し認可保育園の在り方について検討を促すことを求めるという意見を表明したものと解され、原告の社会的評価を低下させるものではない。
  (4) 争点4(本件附帯決議等による名誉棄損は違法性が阻却されるか)について
  (被告の主張)
   ア 本件附帯決議1項前段部分(「東村山市は、りんごっこ保育園に対し、良好な保育環境実現のため、設備の改善など、子供が主人公の園づくりを進めるよう、強く指導すること。」)は、「りんごっこ保育園は、児童福祉施設最低基準を満たし、より良好な保育環境実現のため設備を改善する必要のある保育園である」という事実を摘示したものであるところ、東村山市が保育を委託し補助金を支出している認可保育園の運営や設備に関するものであるから公共の利害に関する事実に係るものであり、その目的は良好な保育環境を実現するもので、専ら公益を図ることにある。さらに、本件附帯決議1項前段部分が摘示する上記の事実は、以下のとおり、真実であると証明することができる。
    (ア) りんごっこ保育園は、ほふく室および保育室の園児1人当たりの面積が、東村山市内の他の私立保育園と比較して最も小さく、児童福祉施設最低基準(ほふく室3.3平方メートル、保育室1.98平方メートル)をわずかに上回るにすぎない。
    (イ) りんごっこ保育園の園庭は、20.88平方メートルしかなく、近くの公園を代替場所とすることにより児童福祉施設最低基準は満たしてはいるが、東村山市内の他の私立保育園の大半が200平方メートルを超えるのと比べると大きな差がある。
    (ウ) りんごっこ保育園の2階保育室から園児がスロープで避難する場合において、スロープの着地点から隣地への通路を確保する必要があるが、原告は、隣地に通じる避難通路を確保しようとしない。
    (エ) トイレは、衛生面及び羞恥心等の観点から保育室外に設置すべきであると考えられるところ、東村山市内の他の私立保育園は、保育室外に園児用トイレを設置しているのに対し、りんごっこ保育園では、保育室内に園児用トイレを設置している。
 よって、本件附帯決議1項前段部分は、東村山市議会が、その旨決議し、それが公表されても、その違法性は阻却され、不法行為は成立しない。
   イ 本件附帯決議1項後段部分(「そして、何らの改善も見られない場合は、東京都に対して認可の再考を働きかけること。」)は、東村山市における良好な保育環境等の実現という観点から、市議会から市に対する行政上の要望としてされたものであり、りんごっこ保育園が、東村山市との協議に応じず、東村山市との間に協力関係がないことを問題とし、そのような状況の一因ともいえる認可制度の在り方について再考を都に働きかけるよう東村山市に求めるものであって、意見ないし論評の域を逸脱したものではないから違法性は阻却され、不法行為は成立しない。
  (原告の主張)
   ア 本件附帯決議1項は、「りんごっこ保育園は、その施設等を改善しなければならず、改善がない場合は、東村山市は、認可権者である東京都知事に対し、同保育園の認可を取り消すよう再考を働きかける必要があるほど劣悪な環境である。」という事実を摘示するものであるところ、りんごっこ保育園が、児童福祉施設最低基準に適合していることは当事者間に争いがなく、さらに、りんごっこ保育園は、東京都の第三者評価において、全項目が「A」という極めて高い客観的評価を受け、また、東京都の所管課長が、りんごっこ保育園について、「国の基準を満たしており問題はない。都内の認可保育園と比べても保育環境はよい方」との見解を公表しており、東京都内ないし東村山市内の他の保育所と比較しても高い評価を得ている。そうすると、りんごっこ保育園が、認可取消の働きかけが必要なほど劣悪な環境にあることが真実であるということはおよそあり得ない。
   イ 被告が、りんごっこ保育園が設備等を改善する必要があると主張する根拠は、次のとおりいずれも理由がない。
    (ア) 被告は、保育室等の園児1人当たりの面積が小さいことをいうが、児童福祉施設最低基準を満たしており、認可権者である東京都知事から改善の必要を指摘されたことはないから、改善の必要はない。
    (イ) 被告は、園庭の面積が小さいことをいうが、児童福祉施設最低基準は、保育所の屋外遊技場について、保育所の付近にある屋外遊技場に代わるべき場所を含めることを認めているのであって、りんごっこ保育園は、付近に存在する大岱公園(約2130平方メートル)を代替場所として利用しており、良質な保育環境の観点からみても何ら問題はないから、改善の必要はない。
    (ウ) 被告は、隣地との避難口を設置する必要をいうが、りんごっこ保育園には、児童福祉施設最低基準に適合した避難通路が設置されており、さらに避難口を設置する義務はないから、改善の必要はない。
    (エ) 被告は、保育室内にトイレがあることを問題にするが、衛生面には最大限の注意を払っており、また、オムツを早期に使用しないトイレトレーニングをする上で高い保育効果があるから、改善の必要はない。
  (5) 争点5(損害の額)について
  (原告の主張)
 本件附帯決議並びに本件市議会だより及び本件会議録の配布等という一連の名誉棄損によって、原告が受けた精神的損害は、500万円を下らない。
  (被告の主張)
 争う。
第3 当裁判所の判断
 1 争点1(本件附帯決議の無効確認を求める訴えの適法性)について
 行政事件訴訟法3条4項が定める「処分」というためには、公権力の主体たる国又は公共団体の行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものであることを要する(最高裁判所昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁、最高裁判所昭和30年2月24日第一小法廷判決・民集9巻2号217頁参照。)。そして、本件附帯決議は、それによって直接原告の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効力を有するものではないから、抗告訴訟の対象となる「処分」に該当しない。よって、本件訴えのうち、本件附帯決議の無効確認を求める部分は不適法である。
 そうすると、本件附帯決議が処分であることを前提として、その有効性を問題にする争点2は、前提を欠くから判断を要しないことになる。そこで、次に争点3について検討する。
 2 争点3(本件附帯決議をし、その内容を本件市議会だよりに掲載して東村山市の全戸に配布した行為等が原告の名誉を毀損するか)について
  (1) 東村山市議会が、①平成18年3月24日に本件附帯決議を行い、その1項が「東村山市は、りんごっこ保育園に対し、良好な保育環境実現のため、設備の改善など、子供が主人公の園づくりを進めるよう、強く指導すること。そして、何らの改善も見られない場合は、東京都に対して認可の再考を働きかけること。」というものであったこと、②同年5月1日に本件市議会だよりを発行し、その第1面に「平成18年度予算可決される~りんごっこ保育園に関する附帯決議も~」という大見出しを付け、本件附帯決議の1項ないし4項の内容を掲載して東村山市の全戸に配布したこと、③同年6月23日に本件会議録を発行し、これに本件附帯決議を掲載して東村山市の一部職員らに配布するとともに、東村山市立図書館等において閲覧に供したことは、前記第2の1(3)ないし(5)に認定したとおりである。
  (2) そこで、上記の東村山市議会の各行為が、原告の名誉を毀損するか否かについて検討するに、名誉毀損は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば生じるものであるところ、名誉毀損の成否を判断するに当たり、問題とされる表現の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該表現についての一般の受け手の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものと解されるから、このことを前提として、以下、東村山市議会による各行為について判断する。
  (3)ア 本件附帯決議1項は、「東村山市は、りんごっこ保育園に対し、良好な保育環境実現のため、設備の改善など、子供が主人公の園づくりを進めるよう、強く指導すること。そして、何らの改善も見られない場合は、東京都に対して認可の再考を働きかけること。」というものである。その意味内容について、一般人の普通の注意と読み方を基準として判断すれば、「りんごっこ保育園は、子供が主人公の園づくりがされておらず、設備の改善などが必要であり、東村山市による強い指導が必要なほど劣った保育環境にあり、改善が見られなければ、東京都の認可の取消しを求めるべき状態にある。」という事実を摘示するものであると解される。
 この点につき、被告は、一般人の読み方として、本件附帯決議を前段と後段に分け、前段は事実の摘示として、後段はそれに対する意見の表明ないし論評として読むのが通常である旨主張するが、一般人の普通の注意と読み方を基準として考えれば、本件附帯決議1項を全体としてとらえ、上記のような事実が摘示されているものであると読むのが通常であると解されるのであって、本件附帯決議1項を前段と後段に分け、前段は事実の摘示、後段はそれに対する論評と読むことがおよそ通常の読み方であると解することはできないから、この点についての被告の主張には与することができない。
 そして、本件附帯決議1項には、原告の氏名は明示されていないが、一般人を基準して判断すれば、同項の内容がりんごっこ保育園の設置運営行為を問題視する趣旨であることは容易に読みとれるところ、その設置運営の主体が誰であるかについては、本件附帯決議の全体を通して判断すれば、本件附帯決議の前文において「りんごっこ保育園の設置者であるX氏」に対し「園の運営や設備に関する改善を行うよう…実行を強く求め」とあり、また、本件附帯決議3項において「りんごっこ保育園園長・X氏」と明示してその行為が取り上げられていることからすると、本件附帯決議1項についても、りんごっこ保育園の設置者及び園長である原告が行ったりんごっこ保育園の設置運営行為について指摘し、これを問題視する趣旨であることは、本件附帯決議を目にした一般人にとって、容易に認識されるところである。
 そうすると、本件附帯決議1項は、その前後の部分を合わせ、一般人の普通の注意と読み方を基準として考えるならば、りんごっこ保育園の設置者及び園長である原告を特定し、その設置運営行為に問題があることを指摘し、同保育園は、子供が主人公の園づくりがされておらず、設備の改善等が必要であり、東村山市による強い指導が必要なほど劣った保育環境にあり、改善が見られなければ、東京都の認可の取消しを求めるべき状態にある事実を摘示したものと解され、保育園設置者及び園長である原告個人の社会的評価を低下させるものと認められる。よって、東村山市議会が、本件附帯決議をしたことは、原告の名誉を毀損するものと認められる。
   イ 本件市議会だよりには、「平成18年度予算可決される~りんごっこ保育園に関する附帯決議も~」と題する大見出しとともに、本件附帯決議1ないし4項の内容が掲載されているところ、原告については「りんごっこ保育園園長」と記載し氏名を掲げていないものの、これが原告を示すものであることは、附帯決議自体を目にした者はもとより、同保育園関係者、さらにこの問題に関心を持つ者等は容易に知ることができ、不特定多数者に明らかであるといえるから、本件市議会だよりを東村山市の全戸に配布した行為により、原告の名誉が毀損されたと認められる。
   ウ 本件会議録には、本件附帯決議の全文が掲載されており、そうすると、上記(1)記載のとおり、これが東村山市の一部職員らに配布され、また、東村山市立図書館において市民の閲覧に供されたことにより、原告の名誉が毀損されたと認められる。
 3 争点4(本件附帯決議等による名誉棄損は違法性が阻却されるか)について
  (1) 被告は、本件附帯決議1項前段部分は、公共の利害に関する事実について専ら公益を図る目的でされたものであり、保育園の園児1人当たりの面積、園庭の広さ、避難通路の確保、保育室内にトイレを設置していることという4点において、りんごっこ保育園の設備を改善する必要があることが真実であると証明できるから違法性が阻却される旨主張する。
 しかしながら、まず、被告の主張するように、本件附帯決議1項を前段と後段とに分けて、前段だけが事実の摘示であると解することができず、全体として「りんごっこ保育園は、子供が主人公の園づくりがされておらず、設備の改善などが必要であり、東村山市による強い指導が必要なほど劣った保育環境にあり、改善が見られなければ、東京都の認可の取消しを求めるべき状態にある。」という事実を摘示するものであると解すべきであることは前示のとおりである。
 そこで、この摘示された事実が真実であると証明されたと言えるかどうかについて検討する。
  (2)ア 被告は、まず、りんごっこ保育園の保育室等の園児1人当たりの面積が、東村山市内にある私立保育園の中で最も小さいので問題がある旨主張する。しかしながら、証拠(乙4、5)によれば、りんごっこ保育園の園児1人当たりの保育室の面積は、2.10平方メートルであり、また、園児1人当たりのほふく室は3.86平方メートルであって、いずれも東村山市にある私立保育園8園の中で最小であるものの、これらの面積が、いずれも児童福祉施設最低基準(保育室につき1.98平方メートル、ほふく室につき3.30平方メートル)を相当程度上回っているものであることはもとより、東村山市に存在する他の保育園をみても、園児1人当たりの保育室の面積は、他の6園は2平方メートル台(2.37平方メートルないし2.99平方メートル)であり、園児1人当たりのほふく室の面積は他の2園も3平方メートル台(いずれも3.9今平方メートル)であり、りんごっこ保育園が、他の保育園と比較して突出して狭いというものではないことが認められるのであって、保育室及びほふく室の園児1人当たりの面積を理由として、りんごっこ保育園が、東村山市による強い指導が必要なほど劣った保育環境にあり、改善が見られなければ、東京都の認可の取消しを求めるべき状態にあるということは到底できない。
   イ 次に、被告は、りんごっこ保育園の園庭の面積が、東村山市の私立保育園8園の中で最も小さいので問題がある旨主張する。しかしながら、証拠(甲7、8、乙4、5)によれば、りんごっこ保育園の園庭は、20.88平方メートルであって8園の中で最も狭いものの、同保育園から北東約50メートルの場所に2130.94平方メートルという広さを有する大岱公園が存在し、この公園が児童福祉施設最低基準で認められた園庭の代替場所とされており、りんごっこ保育園の園庭については、東京都が現地調査等を行った上で、児童福祉施設最低基準を満たしているとして認可されたものであり、実際に、りんごっこ保育園の園児は、この大岱公園を園庭・代わりに利用し、さらに他の公園等に出かけて遊んでいることがそれぞれ認められるのであって、園庭の面積を理由として、りんごっこ保育園が、東村山市による強い指導が必要なほど劣った保育環境にあり、改善が見られなければ、東京都の認可の取消しを求めるべき状態にあるということは到底できない。
   ウ さらに、被告は、園児が、りんごっこ保育園の2階からスロープで避難した場合に備え、隣地との間に避難口を設置する必要がある旨主張する。しかしながら、証拠(甲7)によれば、りんごっこ保育園の避難経路については、東京都が現地調査等を行った上で、児童福祉施設最低基準を満たしているとして認可されたものであると認められる上、証拠(乙11の1、2、乙12の1ないし5)によれば、りんごっこ保育園の南西側の隣地である駐車場との境界に設けられているフェンスは、職員が園児を担いで隣地に避難させることが可能な程度の高さであり、また、2階保育室の園児が建物内の階段を通じて南東の道路に避難することも可能であると認められることからすると、隣地との境界に避難口を設置しないからといって、りんごっこ保育園の状況が避難経路の点で問題があるとはいえず、さらに証拠(甲8)によれば、りんごっこ保育園が平成17年11月に受審した財団法人東京都高齢者研究・福祉振興財団が実施した「とうきょう福祉ナビゲーション福祉サービス第三者評価」によれば、りんごっこ保育園は、利用者の安全の確保・向上に計画的に取り組んでいることについての評価が、A、B、C評価で最上位の「A」とされていることが認められるのであって、避難経路の点をもって、りんごっこ保育園が、東村山市による強い指導が必要なほど劣った保育環境にあり、改善が見られなければ、東京都の認可の取消しを求めるべき状態にあるということは到底できない。
   エ また、被告は、りんごっこ保育園は、保育室に園児用トイレが設置されているため、衛生面や精神面で問題がある旨主張する。しかしながら、証拠(甲8)によれば、上記の「とうきょう福祉ナビゲーション福祉サービス第三者評価」においては、衛生面に関して、乳児室の床をアルコールで消毒するなどして衛生管理が行き届いているとした上で、衛生面での配慮は充分にされ、健康管理に対する取組みは充実していると積極評価するとともに、保育室内に園児用の「きしゃぽっぽトイレ」を設置したことは、子供の排泄の自立や排泄が健康管理に重要な行為であるという認識を深めるために園が先進的に取り組んだ形であり、都の認可基準も通過した取組みであることの認識を保護者にも伝えられたいとの積極的な評価をしていることが認められるのであって、他に、同保育園のトイレが衛生面や園児の精神面等において問題を生じさせていることを認めるに足りる証拠はないのであるから、このような保育室内トイレというりんごっこ保育園の取組みによって、りんごっこ保育園が、東村山市による強い指導が必要なほど劣った保育環境にあり、改善が見られなければ、東京都の認可の取消しを求めるべき状態にあるということは到底できない。
   オ そして、そもそも、証拠(甲8)及び弁論の全趣旨によれば、前記の「とうきょう福祉ナビゲーション福祉サービス第三者評価」は、東京都が外郭団体である財団法人東京都高齢者研究・福祉振興財団に委託して「東京都福祉サービス評価推進機構」が平成14年度から実施しているもので、利用者が、利用希望の施設の特徴やサービスの質など、施設選択の際の目安や施設の内容を把握することを可能にすることを目的とするもので、評価は、上記「東京都福祉サービス評価推進機構」によって認証された「認証評価機関」が、各施設への訪問調査、施設職員調査、施設利用者調査等を行った結果されるものであり、その内容については相当高い信頼を置き得るものであるところ、りんごっこ保育園は、この第三者評価において、保育園の基本方針、社会的責任、利用者の安全の確保、人材の確保、園児の個別状況の把握、園児のプライバシーの保護、保育サービスの内容、家庭や地域との交流及び連携を始めとした多岐にわたる評価項目のすべてにおいて「A」という高い評価を得ており、講評欄においても、積極的な評価がされていることが認められ、りんごっこ保育園は、専門的な第三者機関から極めて良好であるとの評価を得る状況にあったと認めることができる。また、証拠(乙2)によれば、東京都子育て支援課は、りんごっこ保育園について、「国の基準を満たしており問題ない。都内の認可保育園と比べても保育環境は良い方」という内容のコメントをしたことが窺われる。そして、証拠(甲9、10)によれば、前記「とうきょう福祉ナビゲーション福祉サービス第三者評価」による他の東村山市内の私立保育園に対する評価においては、「B」という評価がされる項目が相当数見られ、また、講評欄においても、改善を要すべき事項が相当数列記されていることが認められる。
 そうすると、りんごっこ保育園は、東村山市内の他の私立保育園や都内の保育園と比べてもその提供するサービス等において遜色がなく、むしろ他より優れた保育環境にあることが推認されるのであって、りんごっこ保育園が、東村山市による強い指導が必要なほど劣った保育環境にあり、改善が見られなければ、東京都の認可の取消しを求めるべき状態にあるということは到底できない。
カ そうすると、本件附帯決議1項で摘示された、「りんごっこ保育園は、子供が主人公の園づくりがされておらず、設備の改善等が必要であり、東村山市による強い指導が必要なほど劣った保育環境にあり、改善が見られなければ、東京都の認可の取消しを求めるべき状態にある」という事実が真実であるとは到底認められないと言わざるを得ず、他に、これが真実であることを認めるに足りる証拠はない。
 なお、本件附帯決議1項の中に、被告が主張するように、上記のような事実を前提として意見の表明や論評とも評価され得る部分があるとしても、前示のように、前提とした事実についておよそ真実と認められない本件において、意見表明や論評だからといって違法性が阻却されることにならないことは言うまでもないから、この点についての被告の主張もまた理由がない。
 そのほか、被告が主張する違法性阻却事由に該当する事実を認めるに足りる証拠はない。
  (3) そして、東村山市議会の議員らは、附帯決議を行い、それを公表するに際しては、それが一般市民である個人の名誉を毀損しないようにする職務上の注意義務を有することはけだし当然のことであるから、東村山市は、国家賠償法1条1項に基づき、東村山市議会がこの義務を懈怠し、本件附帯決議をし、それを本件市議会だより等で公表するなどして原告の名誉を毀損したことによって、原告に生じた損害を賠償する義務を負うというべきである。
 4 争点5(損害の額)について
 東村山市議会による前示の名誉棄損行為によって、原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料の額について検討するに、本件附帯決議は、市議会が、一般市民である保育所の設置者個人を名指して非難するという特異な内容の決議であるところ、証拠(甲5、6、7、15の1、2)によれば、本件附帯決議以前においても、東村山市議会は、平成16年6月8日に「りんごっこ保育園設置者の資質及び特定議員の関与に関する調査特別委員会」というりんごっこ保育園設置者である原告を特定してその資質を問題視して調査するという委員会を設置したことや、平成17年3月にもりんごっこ保育園が劣った保育環境にあることを指摘する附帯決議をしたことが認められ、東村山市議会の原告に対する批判的対応は、通常考え難いほどの執拗なものであり、本件附帯決議は、このような背景事情の中で、およそ民主主義を支えるべき公正な議論の場である市議会としては考えられないような何らかの強い感情的確執、嫌悪感等に基づいて行われたことさえ窺われる。そして、その内容については、前示のとおり本件附帯決議1項において摘示された事実はおよそ真実であるとは認められず、さらに、名誉毀損行為が、市議会の公開の議場における附帯決議という形態で行われ、決議内容が記載された広報誌が東村山市の全戸に配布され、決議の会議録が東村山市立図書館で閲覧に供されたことにより、本件附帯決議の内容が多くの東村山市民の目に晒され、原告の保育所設置者としての社会的評価は、大きく低下させられたといわざるを得ない。
 そうすると、東村山市議会と原告との間に重大な軋轢が生じたことの責任が、必ずしもどちらか一方だけにあるとは言い難い側面があることが窺われることなど、本件に現れた他の一切の事情を考慮しても、原告が、東村山市議会による前示の名誉棄損行為によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料は300万円と認めるのが相当である。
第4 結論
 以上によれば、本件訴えのうち、東村山市議会がした平成18年度東京都東村山市一般会計予算に対する附帯決議の無効確認を求める部分は不適法であるから却下し、損害賠償を求める部分は300万円及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、64条本文を、仮執行宣言について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法259条1項をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言については、相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第3部

裁判長裁判官 定塚誠
裁判官    古田孝夫
裁判官    工藤哲郎

(ソース:くしくしこねこね


2009年10月21日:ページ作成。
最終更新:2009年10月21日 20:41