りんごっこ保育園名誉毀損(平成18年附帯決議)裁判:控訴審判決

事件番号:平成20年(行コ)第132号
事件名:決議無効確認等請求控訴事件
裁判所:東京高等裁判所第2民事部
裁判年月日:平成20年12月11日
裁判種別:判決
裁判結果:控訴棄却
裁判官:大橋寛明 齊木敏文 石栗正子
原審:東京地裁平成20年2月29日判決(平成18年(行ウ)第136号)
上訴等:上告・上告受理申立〔上告取り下げ/上告不受理〕
掲載文献:判例集未登載
事案の概要:
本件は、被控訴人が、控訴人に対し、本件附帯決議が無効な処分であるとして、行政事件訴訟法3条4項に基づき本件附帯決議の無効確認を求めるとともに、本件附帯決議1項は被控訴人の名誉を害する内容のものであるから、本件附帯決議をした行為、本件市議会だより配布行為及び本件会議録の配布・閲覧供用行為(以下「本件各行為」という。)により被控訴人は名誉を毀損されたと主張して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償として、500万円の支払を求めた事案である。

【判決書】
平成20年12月11日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 本田 亮
平成20年(行コ)第132号 決議無効確認等請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所 平成18年(行ウ)第136号)
口頭弁論終結日 平成20年9月30日

判  決

東京都東村山市本町1丁目2番地3
控訴人       東村山市
同代表者市長    渡部尚
同訴訟代理人弁護士 奥川貴弥
同         川口里香
同         山崎郁
同         菊池不佐男
同         鈴木惠美
同         田崎博美

東京都東村山市
被控訴人      X〔高野博子〕
同訴訟代理人弁護士 中田光一知
同         福間智人

主  文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
 2 上記取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

第2 事案の概要
 1(1) 被控訴人(原告)は、東村山市において、児童福祉法7条1項が定める児童福祉施設(保育所)である「りんごっこ保育園」を設置し、これを運営する者である。
  (2) 東京都知事は、平成16年9月30日、りんごっこ保育園が、児童福祉法45条1項に基づき厚生労働大臣が定めた児童福祉施設の設備及び運営についての最低基準である児童福祉施設最低基準(昭和23年厚生省令第63号。平成18年厚生労働省令第155号による改正前のもの。以下「最低基準」という。)を満たしているとして、同法35条4項に基づき、りんごっこ保育園の設置を認可した。
  (3) 東村山市議会は、平成18年3月24日、以下の内容の「議案第47号『平成18年度東京都東村山市一般会計予算』に対する附帯決議」をした(本件附帯決議)。(甲1)
  「 平成17年3月25日、平成17年度東京都東村山市一般会計予算案を可決するに際し、りんごっこ保育園の設置者であるX氏の訴訟に対する不誠実な対応を正し、園の運営や設備に関する改善を行うよう、4項目について実行を強く求め、附帯決議を行ったところである。
    しかし既に1年を経過しようとしているにもかかわらず、りんごっこ保育園においては設備の改善などが行われず、法人化を行う兆しも無い状況である。
    東村山市においては、次代を担う子供たちを健やかに育てるため、良好な保育環境の実現を目指し、東村山市私立保育所設置指導指針を定めている。しかるにりんごっこ保育園設置者は、設置及び開園に向けての事前協議においても調整への真摯な対応も行わず、更に開園後においても、事務連絡以外、理事者や所管部の管理職が訪問しても、協議の場の設定に応じようとする姿勢が見られないとのことである。
    よって、東村山市議会は、次のことを実行するようふたたび強く求めて、「議案第47号・平成18年度東京都東村山市一般会計予算」に対する附帯決議とする。
   1、東村山市は、りんごっこ保育園に対し、良好な保育環境実現のため、設備の改善など、子供が主人公の園づくりを進めるよう、強く指導すること。そして、何らの改善も見られない場合は、東京都に対して認可の再考を働きかけること。
   2、東村山市は、りんごっこ保育園に対して、安定的に良質な保育が継続されるよう、個人立から速やかに法人化するよう強く指導すること。
   3、東村山市は、りんごっこ保育園園長・X氏に対し、園長会や地域エリア円卓会議など、地域の関係機関のネットワークに参画し連携を深めるよう、強く指導すること。
   4、東村山市は、りんごっこ保育園に対し、第三者評価制度については、東京都福祉サービス評価推進機構の標準評価項目に加え、当市の追加項目の評価を含めた審査を受けるよう、強く指導すること。」
  (4) 東村山市議会は、「ひがしむらやま市議会だより(No. 177)」(本件市議会だより。甲2)を平成18年5月1日付けで発行し、その第1面に、「平成18年度予算可決される~りんごっこ保育園に関する附帯決議も~」との大見出しを付け、本件附帯決議に至る経緯とともに本件附帯決議1項ないし4項の内容(ただし、3項中のりんごっこ保育園長である被控訴人の氏名は削られている。)を掲載し、これを東村山市の全戸に配布した(以下「本件市議会だより配布行為」という。)。
  (5) 控訴人は、本件附帯決議の全文が掲載された「東村山市議会3月定例会会議録副本」(甲3)及び「東村山市議会3月定例会会議録(資料)」(甲4)(本件会議録)を平成18年6月23日付けで発行し、東村山市の一部職員らに配布するとともに、東村山市立図書館等において閲覧に供した(以下「本件会議録の配布・閲覧供用行為」という。)。
 2 本件は、被控訴人が、控訴人に対し、本件附帯決議が無効な処分であるとして、行政事件訴訟法3条4項に基づき本件附帯決議の無効確認を求めるとともに、本件附帯決議1項は被控訴人の名誉を害する内容のものであるから、本件附帯決議をした行為、本件市議会だより配布行為及び本件会議録の配布・閲覧供用行為(以下「本件各行為」という。)により被控訴人は名誉を毀損されたと主張して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償として、500万円の支払を求めた事案である。
 3 本件の名誉毀損に係る争点は、①本件各行為が被控訴人の名誉を毀損するか、②本件各行為による名誉毀損の違法性は阻却されるかである。
 4 原判決は、本件訴えのうち、本件附帯決議の無効確認を求める部分を不適法であるとして却下し、名誉毀損による損害賠償請求については、次のとおり判示した。
   すなわち、上記①については、本件附帯決議1項の意味内容について、一般人の普通の注意と読み方を基準として判断すれば、「りんごっこ保育園は、子供が主人公の園づくりがされておらず、設備の改善などが必要であり、東村山市による強い指導が必要なほど劣った保育環境にあり、改善がみられなければ、東京都の認可の取消しを求めるべき状態にある。」という事実を摘示するものであるとした上、本件附帯決議全体をみれば、りんごっこ保育園の設置者が被控訴人であることは容易に認識されるところであり、保育園設置者及び園長である被控訴人個人の社会的評価を低下させるものであるから、控訴人(東村山市議会)が本件附帯決議をしたことは、被控訴人の名誉を毀損するものと認められるとし、本件市議会だより配布行為及び本件会議録の配布・閲覧供用行為によっても、被控訴人の名誉は毀損されたと認めた。
   ②については、「りんごっこ保育園は、子供が主人公の園づくりがされておらず、設備の改善などが必要であり、東村山市による強い指導が必要なほど劣った保育環境にあり、改善がみられなければ、東京都の認可の取消しを求めるべき状態にある。」という摘示に係る事実が真実かについては、(ア)りんごっこ保育園の保育室等の園児1人当たりの面積が少ないと控訴人は指摘するが、最低基準を相当程度上回っている上、他の保育園と比較して突出して狭いというものではないこと、(イ)りんごっこ保育園の園庭が狭いと控訴人は指摘するが、同保育園から北東約50メートルの場所に2130.94平方メートルという広さを有する大岱公園が存在し、この公園が最低基準で認められた園庭の代替場所とされており、最低基準を満たしていること、(ウ)りんごっこ保育園の南西側の隣地である駐車場との境界には避難路が確保されていないと控訴人は指摘するが、同境界に設けられているフェンスは、職員が園児を担いで避難させることが可能な高さである上、2階保育室の園児が建物内の階段を通じて南東の道路に避難することも可能であって、財団法人東京都高齢者研究・福祉振興財団が実施した「とうきょう福祉ナビゲーション」(以下「本件第三者評価」という。)においても、利用者の安全確保・向上に計画的に取り組んでいるかという項目で、最上位のA評価であったこと、(エ)りんごっこ保育園が保育室内に園児用トイレ(きしゃぽっぽトイレ)を設置していることは衛生面や精神面で問題があると控訴人は指摘するが、本件第三者評価も衛生面での配慮は十分で先進的な取り組みと積極的な評価をしていること、(オ)本件第三者評価において、りんごっこ保育園はすべての評価項目において最上位の「A」という高い評価を得ていることなどから、りんごっこ保育園が、東村山市による強い指導が必要なほど劣った保育環境にあり、改善がみられなければ、東京都の認可の取消しを求めるべき状態にあるということはできず、上記の摘示に係る事実が真実であることを認めるに足りる証拠はないとして、違法性阻却の主張を認めなかった。
   以上により、名誉毀損に係る損害賠償請求について、控訴人は、被控訴人に対し、300万円及びこれに対する平成18年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払えと命じ、その余の請求を棄却した。
   この判断を不服とする控訴人が、控訴した。
 5 争いのない事実等、争点及び争点に関する当事者の主張は、控訴人の補充的主張を次に付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第2の1ないし3に記載のとおりであるから、これを引用する。
  (控訴人)
  (1) 本件附帯決議1項の意味内容の理解
    原判決は、本件附帯決議1項は、「りんごっこ保育園は、子供が主人公の園づくりがされておらず、設備の改善などが必要であり、東村山市による強い指導が必要なほど劣った保育環境にあり、改善がみられなければ、東京都の認可の取消しを求めるべき状態にある。」との事実を摘示したものと判断したが、これは誤っている。本件附帯決議1項前段と後段は異なった趣旨のものと理解すべきである。
   ア 本件附帯決議1項前段について
     本件附帯決議1項前段については、本件附帯決議が、その前文において東村山市が良好な保育環境の実現を目指して東村山市私立保育所設置指導指針(乙1)を定めていることを指摘し、さらに、本件附帯決議1項においてもあえて「良好な保育環境実現のため」(甲1)と前置きした上でりんごっこ保育園に対して設備の改善などを指導するよう求めているのであるから、一般人の普通の注意と読み方から判断すれば、りんごっこ保育園が最低基準は満たしていることを当然の前提として、その上でよりよい保育環境の実現という観点からりんごっこ保育園に対して更に設備の改善を指導するよう市当局に求める内容であることは明らかであり、りんごっこ保育園に対して設備の改善を市当局が指導するように求める政治的な意見の表明であると理解するのが相当である。
     仮に、これが事実摘示を含むと解されるとしても、「りんごっこ保育園は、最低基準は満たしているが、より良好な保育環境の実現のため設備を改善する必要がある保育園である」との事実を摘示するにすぎず、それを前提として、東村山市がりんごっこ保育園に設備の改善を求める指導を行うことを求める市議会の意見を表明したものと解するのが相当である。
   イ 本件附帯決議1項後段について
     本件附帯決議1項後段にいう「認可の再考」とは、認可保育園の認可の在り方一般について東京都に再考・検討を促すよう市当局に求める市議会の意思表明であり、りんごっこ保育園設置の認可の取消しを求めるものではない。「再考」という言葉そのものの国語的な意味が「取消し」を意味するものではないこと、本件附帯決議は、2項でりんごっこ保育園の法人化を、3項では園長会への参加等園長への要望を、4項で市独自の調査項目による第三者評価の受診を求めているが、これらはすべてりんごっこ保育園の存続を前提とするもので「認可の取消し」と矛盾するごと、東京都に認可保育園の取消しを働きかけるなどは非現実的であることからすれば、そこにいう「再考」がこのような非現実的な「取消し」を意味するとは考えられない。すなわち、東京都が行う保育園に対する認可行政は、東京都が策定する保育所設置認可等事務取扱要綱(甲39)に従って行われているが、その内容には一義的に明確でない部分が多いことから、最低基準を満たすか否かについてのより詳細かつ明確な判断基準を策定することや保育園の認可に当たってはより慎重な判断をすることなど、認可行政の在り方を再度検討すべきことを東京都に働きかけるよう市当局に求めるというのが、本件附帯決議1項後段の趣旨であり、市議会の政治的な意見表明とみるべきものである。
  (2) 被控訴人個人の名誉毀損がないこと
    原判決は、本件附帯決議全体をみれば、りんごっこ保育園の設置者が被控訴人であることは容易に認識されるところであり、保育園設置者及び園長である被控訴人個人の社会的評価を低下させるものであると判断したが、これも誤っている。
    保育園自体の信用と保育園設置者個人の名誉は区別されるべきであり、そのことは会社とその代表者個人の名誉が異なるものであると同様である。本件附帯決議1項は被控訴人個人の氏名を一切記していないのみならず、「りんごっこ保育園に対し」と明示してりんごっこ保育園事態の運営内容、設備内容に言及するのみで、その「設置者」、「園長」といった特定の個人の運営行為には一切言及していない。被控訴人の氏名は、被控訴人の「訴訟対応」に関する本件附帯決議3項に明示されているが、りんごっこ保育園の運営に関する本件附帯決議1項とは、区別されるべきである。したがって、本件附帯決議1項は、被控訴人個人の人格的価値に対する社会的評価を低下させるものではない。
    本件市議会だよりの紙面上では、被控訴人個人の氏名をあえて削除し個人名を掲載していないこと、本文記事冒頭部で「保育園」に関して「運営等の改善が見られない報告があったので、再度附帯決議が行われました。」と記載することで、本件附帯決議が「保育園に関して」されたものであると容易に読み取れる記載になっていることからすると、本件附帯決議1項が設置者及び園長である被控訴人個人のりんごっこ保育園の設置運営行為を指摘して問題視する趣旨であると受け取ることは通常できないから、本件市議会だよりへの本件附帯決議1項の掲載が被控訴人個人の社会的評価を低下させるものとはいえない。
  (3) 本件附帯決議1項は名誉毀損における違法性がないこと
    仮に、本件附帯決議1項が事実摘示を含み、かつ、被控訴人個人の名誉を侵害するものとしても、違法性は認められない。
   ア 本件附帯決議1項が事実摘示を含むと解されるとしれも、「りんごっこ保育園は、最低基準は満たしているが、より良好な保育環境の実現のため設備を改善する必要がある保育園である」との事実を摘示するにとどまるところ、市が保育を委託して委託料や補助金を支出している認可保育園の設備の改善に関するものであるから、公共の利害に関する事実に係るものであり、最低基準を超えて良好な保育環境を実現し、東村山市全体としての保育サービスの水準の維持、向上のために、市当局に指導を求めるものであるから、その目的は専ら公益を図ることにある。そして摘示された事実の重要な部分(より良好な保育環境の実現のために設備を改善する必要があること)は、次のとおり、真実である。したがって、上記の事実摘示に違法性は認められない。
    (ア) 避難通路を改善する必要性
      火災等の災害時の2階保育室からの避難経路は、建物北西側に設置された園舎裏側に下るスロープであるが、スロープの着地点から北西河川側のフェンスまで約85㎝の間隔しかないため、着地点に園児が滞留してしまう上に、園舎正面側(玄関側)で火災が発生した場合にはもはや逃げ場がなくなってしまうので、スロープの着地点から直接西側の駐車場敷地に出られるような避難口を確保すべきである。被控訴人自身も、隣地地建者の同意を得て、西側隣地駐車場に抜ける避難通路を確保するよう対処すると言っていたのに、実行できていない。
      緊急時において、園児が落ち着いて行動することなど期待できないから、保育士が担当するクラスの園児すべてを担いでフェンスの外側に避難させることが可能であるとはいえない。
    (イ) 園庭の広さを改善する必要性
      園庭は遊び場としてのみならず、災害時の一時的な避難場所としての役割を果たすものであるから、代替場所があるというだけでは十分でなく、りんごっこ保育園の園庭が狭いことは改善の必要がある。
    (ウ) 保育室の広さを改善する必要性
      りんごっこ保育園は、保育を直接行う乳児室・ほふく室(0~1歳児)、保育室(2~5歳児)の1人当たりの面積が、東村山市内の他の認可保育園と比べていずれも最も小さく、最低基準(乳児室・ほふく室3.3㎡、保育室1.98㎡)をわずかに上回るにすぎず、より良好な保育環境の実現のためには設備の改善が必要であることは、明らかである。
    (エ) トイレ設備を改善する必要性
      りんごっこ保育園では、トイレが保育室内に設置されており、食事スペースの近くにトイレがあるから、衛生面で問題があり、東京都からも衛生面には十分に注意するように指摘があったのであるから、改善の必要がある。
   イ 市議会の意見表明に当たる部分については、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を脱したものとはいえないから、違法とはいえない。
  (4) 損害額が過大であること
    原審が認めた慰謝料の額は、不相当に高額である。
第3 当裁判所の判断
 1 当裁判所も、被控訴人の損害賠償請求は、300万円及びこれに対する平成18年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があると判断するものであり、その理由は、原判決の「事実及び理由」欄の第3の2ないし4に記載のとおりであるから、これを引用する。
   控訴人の主張にかんがみ、以下に理由を補足する。
 2 本件市議会だより配布行為について
  (1) 控訴人は、本件附帯決議、特にその1項の読み方について、その前文と関係づけながら様々な主張をしている。
    ところで、被控訴人が名誉毀損行為と主張しているのは、①本件附帯決議をした行為、②本件市議会だより配布行為、③本件議事録の配布・閲覧供用行為の3つである。このうち、中核となるのは、本件附帯決議をした行為そのものであるが、被控訴人の名誉の毀損の程度という点において最も重視すべきなのは、情報伝達の対象者が他に比べて圧倒的に多数である本件市議会だより配布行為である。ところが、本件市議会だよりは、本件附帯決議のうち前文を掲載せず、代わりに経過を説明した文(以下「本件説明文」という。)を付した上で、本件附帯決議1項ないし4項のみを掲載したものであり、そのうち3項にある園長の固有名詞(被控訴人の氏名)が削除されているという点において、他の2つの行為と異なっている。本件市議会だより配布行為が被控訴人の名誉を毀損するものであるかどうかは、一般人(東村山市民一般)の普通の注意と読み方を基準として、本件市議会だよりの記載に即して判断すべきであるから、これを読む一般市民が、本件附帯決議に前文があること及びその内容を知らず、園長の固有名詞も記事からは読み取れないという前提で、本件説明文及び本件附帯決議1項ないし4項の内容から、上記の判断をすることになる。したがって、本件附帯決議前文にどのようなことが記載されているか、それとの関係で1項をどのように読むべきかは、ここでは問題にならない。
  (2) そこで、本件市議会だよりの該当部分をみると、まず、本件説明文は、次のようなものである(甲2)。
   「 昨年の3月議会で、17年度一般会計予算に対して附帯決議がなされていました。これは、16年10月に開園したりんごっこ保育園の運営・設備等の改善、設置者が起こした訴訟の取り下げを求めて決議したものでした。
    その後、訴えは取り下げられましたが、運営等の改善が見られない報告があったので、再度附帯決議が行われました。」
    本件説明文に続けて、本件附帯決議1項ないし4項が掲載されているから、読者はこれらを続けて読んで、その内容を理解することになる。本件説明文は、「りんごっこ保育園の運営・設備等は、前年度予算の附帯決議においても、改善が求められていたが、その後も改善が見られないので、再度附帯決議がされた」という内容であるところ、一般人の普通の注意と読み方を基準として、本件説明文に続けて本件附帯決議1項ないし4項を読むと、特に1項において、「りんごっこ保育園は、設備等の改善を要し、東村山市が強く指導してもなお改善がみられない場合は、同市が東京都に対しりんごっこ保育園の認可の取消しを求めるべき状態にある」という事実を摘示するものと認められる。
   したがって、本件市議会だより配布行為は、りんごっこ保育園の設備等が.現状のままでは認可の取消しを免れないような劣悪なものであるという印象を読者に与えるものであり、りんごっこ保育園及びその設置者(設備等の改善の責任を負うのは、その設置者である)の名誉ないし社会的信用を低下させるものであることが明らかである。そして、平成16年10月のりんごっこ保育園の開園以来約1年7か月が経過していることからすれば、その存在は東村山市民の相当程度の者に知られており、その設置者が被控訴人であることを知る者も少なからずいると認めるのが相当である(なお、本件附帯決議2項には、りんごっこ保育園が個人立であることが明記されている。)から、設置者等の氏名が記載されていなくても、本件市議会だより配布行為が被控訴人の名誉・信用を毀損するものと認めるのに十分である(この認定判断に反する控訴人の主張については、本件附帯決議1項それ自体の意味内容を検討する次項において検討する。)。
 3 本件附帯決議1項の意味内容について
   次に、本件附帯決議それ自体が、議場で傍聴する者又は本件議事録を読む者にとって、どのような意味に理解すべきものかについて検討する。
  (1) 本件附帯決議の前文には、「平成17年3月25日、平成17年度東京都東村山市一般会計予算案を可決するに際し、りんごっこ保育園の設置者であるX氏の訴訟に対する不誠実な対応を正し、園の運営や設備に関する改善を行なうよう、4項目について実行を強く求め、附帯決議を行ったところである。しかし既に1年を経過しようとしているにもかかわらず、りんごっこ保育園においては設備の改善などが行われず、法人化を行う兆しも無い状況である。」、「よって、東村山市議会は、次のことを実行するようふたたび強く求めて、・・・附帯決議とする。」と記載され、本件附帯決議1項には、「東村山市は、りんごっこ保育園に対し、良好な保育環境実現のため、設備の改善など、子供が主人公の園づくりを進めるよう、強く指導すること。そして、何らの改善も見られない場合は、東京都に対して認可の再考を働きかけること」と記載されている。
    そうすると、本件附帯決議1項前段は、市当局に、りんごっこ保育園に対し設備の改善等をするよう強い指導を求めるものであり、同後段も、「そして、何らの改善も見られない場合は、」と前段の記載を受けてのものであることから、一般人の普通の注意と読み方を基準とする限り、本件附帯決議1項は、全体として不可分なものであり、りんごっこ保育園すなわちその設置者である被控訴人に対するものとみるべきである。
    控訴人は、本件附帯決議1項前段と後段は可分のものであり、趣旨を異にするものであって、前段は、りんごっこ保育園が最低基準は満たしていることを当然の前提として、その上でよりよい保育環境の実現という観点からりんごっこ保育園に対して更に設備の改善を指導するよう市当局に求めるものであるが、後段は、認可保育園の認可の在り方一般について東京都に判断基準の策定などについて再考・検討を促すよう市当局に求める市議会の意思表明であるとするが、本件附帯決議の上記のような文言に反する解釈というほかはない。
    なお、本件附帯決議は、平成17年3月25日付けの附帯決議を受けたものであることがその前文から明らかであるが、証拠(甲15の2〉によれば、東村山市議会は、同日、平成17年度東京都東村山市一般会計予算案を可決するに際し、附帯決議として、「2 東村山市は、新年度を迎え、りんごっこ保育園に対し、都が言う新規申請ということから、東村山市私立保育所設置指導指針に基づいた園庭の確保、設備の改善など、子供が主人公の園づくりを速やかに行うよう、強く指導すること。そして、何らの改善も見られない場合は、東京都に対して認可の再考を働きかけること。その際は、次年度以降の予算も含め、市議会としても厳しい対応をせざるを得ない。」と決議していることが認められる。上記決議は、本件附帯決議1項後段と全く同じ文言に続けて、「その際は、次年度以降の予算も含め、市議会としても厳しい対応をせざるを得ない。」として、りんごっこ保育園についての具体的な予算措置と一体のものとしているから、市当局の指導に応じない場合の、りんごっこ保育園への制裁的な対応を示したものとみるべきである。また、証拠(乙45)によれば、本件附帯決議の提案者の1人である佐藤真和市議は、本件附帯決議を提案した趣旨について、「りんごっこ保育園・・・が、国の定める保育所設置基準の要件については満たしていると判断されたことを理解した上で」、「認可権者である東京都に対し、改めて各種法令・通知に照らして認可自体が妥当なものであったのかどうかを検証、再考を求めるべきと考え、提出者の一人となりました。」としていることが認められる。これらの事実も、上記のような読み方を裏付けるものということができる。
    控訴人の主張は採用できない。
  (2) 次に、一般人の普通の注意と読み方を基準とする限り、本件附帯決議1項は、りんごっこ保育園は、設備の改善が必要な状況にあり、改善がされなければ、東京都に対して「認可の再考」すなわち「認可の取消し」を求めるべき状態にあるとの事実を摘示したものというべきである。
   (ア) 控訴人は、本件附帯決議1項後段の「認可の再考」は「認可の取消し」ではないと主張する。しかし、ここでいう「認可の再考」が控訴人がいうような一般的な「認可基準」(東京都の保育所設置認可等事務取扱要綱)の再考ではなく、りんごっこ保育園の設置についての「個別の認可の再考」とみるべきことは、後段における「改善」が前段における「改善」を受けたものであることからも、二義的解釈の余地がないほど明らかである。また、東京都としては、被控訴人からのりんごっこ保育園の設置申請については、認可するか、不認可とするかのいずれかの対応しかないのであるから、りんごっこ保育園に係る「認可」を再考するということは、認可を取り消して不認可とすること以外には考えられない。
     控訴人は、本件附帯決議は、2項でりんごっこ保育園の法人化を、3項では園長会への参加等園長への要望を、4項で市独自の調査項目による第三者評価の受診を求めているが、これらはすべてりんごっこ保育園の存続を前提とするもので、「認可の取消し」と矛盾すると主張するが、それらは、1項にいう改善がみられた場合の、あるいは東京都が認可を取り消すまでの間における指導内容に過ぎず、上記のような1項の理解と何ら矛盾するものではない。
     したがって、控訴人の主張は採用できない。
   (イ) 控訴人は、本件附帯決議1項前段は、りんごっこ保育園が最低基準は満たしていることを当然の前提として、その上でよりよい保育環境の表現という観点から、りんごっこ保育園に対して更に設備の改善を指導するよう市当局に強い指導を求めたものであると主張するが、改善がされない限り「認可の再考」すなわち「認可の取消し」を求めるべき状態にあるとしているのであるから、一般人の普通の注意と読み方を基準とする限り、認可の要件である最低基準を満たしていない状態にあるとの事実を摘示するものとみるほかはない。この点、本件附帯決議の提案者の1人である佐藤市議は、前記のとおり、りんごっこ保育園が国の定める最低基準を満たしていると「判断されたこと」を理解した上であるとするが、りんごっこ保育園が最低基準を満たしていること自体を認めているわけではなく、控訴人の主張は採用できない。
 4 被控訴人個人の名誉を毀損するかについて
   3に認定した事実からすると、一般人の普通の注意と読み方を基準とする限り、本件附帯決議全体がりんごっこ保育園の設置者である被控訴人に向けられたものであり、かつ、被控訴人個人とりんごっこ保育園が区別されていないことが明らかである。また、りんごっこ保育園は被控訴人個人が設置する保育園であるから、被控訴人個人の名誉とりんごっこ保育園の社会的信用は一体不可分のものというべきである(このことは、東村山市立保育園の信用を害する行為は東村山市の信用を害するものというべきことと同じであり、会社と代表者が名誉の主体として別であることを例として挙げる控訴人の主張は、的外れである。)。したがって、本件附帯決議1項によって、被控訴人の名誉は侵害されたものというべきであり、控訴人の主張は失当である。
 5 本件各行為の違法性について
  (1) 本件会議録の配布・閲覧供用行為について
    地方自治法123条により、地方公共団体の議長は、会議録を作成させ、会議録の写し等を添えて会議の結果を地方公共団体の長に報告しなければならず、会議録は、会議の次第をありのままに記録しておくものであるから、会議録原本には発言や議事内容をそのまま記載しておくべきである。一定範囲の職員に配布したり、住民その他の者の閲覧に供したりするために作成する副本については、同法に規定がないが、事務処理の適正、円滑を期すための上記配布や会議の公開を徹底するための上記閲覧は、奨励されるべきことであり、そのためには、ありのままの会議録をそのまま配布ないし閲覧させるのが相当と考えられる。したがって、会議における発言や議事内容が名誉毀損に該当する場合であっても、これを違法とすべきではない。そうすると、本件会議録の配布・閲覧供用行為自体を違法とすることはできない。結局、これによって被控訴人の名誉が毀損されたことについては、本件附帯決議をしたこと自体に帰せられるべきものである。
  (2) 本件附帯決議及び本件市議会だより配布行為について
   ア 前記のとおり、本件附帯決議1項は、りんごっこ保育園は、設備の改善が必要な状況にあり、その程度は、改善がされなければ、東京都に対して「認可の再考」、すなわち「認可の取消し」を求めるべき状態にあるとの事実を摘示したものというべきであるところ、りんごっこ保育園について、認可取消しの原因となるような状況があったとの主張立証はない(むしろ、りんごっこ保育園が最低基準を満たしており、認可取消しの理由がないことは、控訴人の自認するところである。)。
     念のためこの点について具体的にみると、原判決の「事実及び理由」欄の第3、3のとおり、①りんごっこ保育園の保育室等の園児1人当たりの面積は、東村山市内の他の認可保育園と比べて最も小さいものの、最低基準32条2号、3号及び6号は満たしていること、②りんごっこ保育園の園庭の面積は、東村山市内の他の認可保育園と比べて最も小さいものの、最低基準32条5号では、「保育所の付近にある屋外遊戯場に代わるべき場所を含む」とされており、りんごっこ保育園から北東約50mの場所に2130.94㎡という広さを有する大岱公園があり、これが園庭の代替場所と認められていることから、同条6号の基準を満たしていること、③避難経路については、東京都が現地調査を行った上で、最低基準(32条8号ハの、避難用の施設及び設備が避難上有効な位置に設けられていること)を満たしていると判断したものであること、④トイレについて、最低基準32条は「便所を設けること」以外の基準は定めていないこと、⑤東京都子育て支援課が、りんごっこ保育園に関する新聞の取材に対し、「国の基準を満たしており問題ない。都内の認可保育園と比べても保育環境は良い方」としていたことが窺われることから、りんごっこ保育園が最低基準を満たしていることは明らかである。したがって、りんごっこ保育園が最低基準を満たさない劣悪な保育環境にあるとの印象を一般人に抱かせる上記摘示事実が真実に反することが明らかである。
   イ 本件附帯決議の内容に市議会の政治的意見表明に当たる部分があるとしても、それが適法とされるためには、その前提としている客観的事実の主要な点につき真実の証明があり、論評の域を逸脱したものでないことが必要というべきところ(最高裁平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁参照)、上記のとおり、本件附帯決議が前提としている事実が主要な点において真実であることの証明がないものというほかはない。
   ウ 以上によれば、事実摘示について違法性阻却事由があると認める余地はなく、本件附帯決議及び本件市議会だより配布行為によって、りんごっこ保育園の信用すなわち被控訴人の名誉が違法に侵害されたことは明らかである。
 6 損害額について
   被控訴人は、控訴人のした本件附帯決議及び本件市議会だより配布行為によって精神的苦痛を受けたものというべきである。とりわけ、後者は、本件市議会だよりの冒頭において、市民の関心が高い予算の可決の記事を掲載するのに併せて、大見出しに「りんごっこ保育園に関する附帯決議も」と記載した上で、予算の内容についての説明に先立って、本文の最初に本件説明文と本件附帯決議1項ないし4項を掲載し、市民の注目を集める体裁で行われ、これが東村山市の全戸に配布されたというものである(甲2)。したがって、これによる被控訴人の損害は、多大なものがあるといわなければならない。その他、以上に判示した諸般の事情を考慮すれば、被控訴人の精神的苦痛の慰謝料は、300万円と認めるのが相当である。
 7 以上によれば、控訴人の主張はいずれも失当であり、本件控訴には理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第2民事部
裁判長裁判官 大橋寛明
裁判官    齊木敏文
裁判官    石栗正子

(ソース:くしくしこねこね


2009年10月21日:ページ作成。
最終更新:2009年10月21日 20:42