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動く耳

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動く耳 03/04/14

  耳が動かせることに気付いたのは幼稚園のことだったと思う。

  口角を精一杯伸ばすと何か妙な感じがしたので「どう?」と訊くと「うわー耳動いてるー!」これで耳が動かせること、普通の人は耳が動かせないことを学んだ。

  どういうわけで耳が動くのか自分でも判らないから「何故動かすことが出来るか」と問われても困るだけである。中には調べて来て「不随意筋は動かすことは出来ないがごく稀に例外もいる」と講釈を受けることもある。

  しかし耳が動かせる人間というのは不思議に同族の匂いを嗅ぎ付けるもので、二十人いたら必ず一人は動かせると見てよい。耳が動かせる人間はそのことを積極的に知らせはしないが別の人が動いているのを見るとさり気なく視界に入って「俺も動くよん」と動かしてみせて選ばれし者の連帯に浸るのである。

  学生時分は必ず自分以外にクラスに一人は同族がいて「をを。お前もか」と親近感が湧くのであるが、耳が動くということが既に圧倒的な少数派であることを敏感に察知して以降は優越感もなく劣等感もなくただ「耳動くんやけどなあ」ぐらいの意識しかなくて同族が耳を動かしてもひくひく動かし返して「何の役にも立たんけど動かすことが出来るのは俺らだけ」という実に微妙な空気にお互い照れるだけの屈折した感情を共有するだけであった。

  たまに「柳葉敏郎も動いてるよな」ぐらいの会話をすれ違い様に交わすぐらいで、これは一種の秘密結社と言ってもよい。

  実際のところ耳が動いて得した事など一度もない。にらめっこでこちらが無表情のまま耳を動かすと勝つこともあるにはあるが大抵の場合、こちらの顔など見ずに仕掛けてくるから必殺技には程遠い。

  耳が動くと言っても手前の場合、それぞれ片耳だけ動かせるわけではない。動かすときは必ず両耳同時である。しかもそれは耳だけではない。頭皮も同時に動く。眉毛を片方上げることので出来る人がいる。手前も左眉なら上がる。しかしこれとは全然違う感覚なのだ。鏡を見るとき、つい耳を動かしてしまうのだが、自分でも何故こんなところが動くのか、こんなところに筋肉があるのか、それにしても普通の人は何故動かすことが出来ないのかつくづく不思議に思う。

  時々どうやって動かすのか問われるのだが、そのときの説明は「欠伸するやろ、そのとき耳が動くやろ、それを欠伸なしで動かしたらええねん」と言うが「無理」「耳動かん」「お前おかしい」で終了する。そして増々耳が動くことを隠すようになる。

  耳を動かすとき頭皮も同時に動くのだが、耳を動かすときは後ろに動く。前には動かない。上下にも動かない。ただ力を込めると後ろにひくひく動く。それにつられて頭皮も全体的に後ろにずれる。柳葉敏郎を見る機会があったら注目するがいい、耳が動き頭皮が全体的に後ろにずれ額が広がる。これがすべて同時に起こる。それぞれ単独では動かすことは出来ないのだ。

  頭皮がずれ、額が広がり、力を抜くと元に戻るわけだが、その瞬間眉毛を上げると額の面積の変動が明らかに不自然である。鬘を着用していてもこれほどの動きは出来ないと思う程だ。頭皮が全体的に動くのはじっくり見ると気持ち悪いらしい。自分でもそう思う。

  一体どこの筋肉が動いているのか確かめたくなることもある。頭を手で覆い耳を動かしてみると「うおおお。これ筋肉か。こんなところに筋肉か」と感動する。どこにあるのかといえば、「耳の真上」である。耳の真上を押さえていると頭皮のすぐ下に動く帯があることがわかる。この帯が頭皮全体を動かしているのだ。

  頭皮が固いと禿げると言う。柔らかいと禿げにくいと言う。しかし頭皮が動く人はどうなのかは誰も言及しない。どうか禿げませんように。どうか禿げませんように。

 
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