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小話」「小国ソブール」

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ミッドガルド領の小国ソブールは、アスガルド半島中央部に位置する山間の小国である。
長く厳しい冬と、痩せた国土、そして半島を二分する大国ミッドガルドからの度重なる従軍要請に苦しめられる典型的な‘小国’であった。
それでもその日、ソブールの人々は、自分たちが恵まれていた事を自覚した。200年以上に渡るソブールの歴史の中で、その僅かな国土が直接戦火に晒されることが、無かったのだから。
‘北の山脈’を迂回するように進軍してきたヨルツヘルム軍は、500年以上に渡りアスガルドの覇権を懸けて争っていたミッドガルド王国を陥落させるため、小国ソブールをその橋頭堡とするべく雪どけ間もない平原に陣を展開した。
数で劣るソブール軍は総崩れであった。
重い音をたてて次々に落馬したソブールの重装騎兵たちは、泥沼になった地面に埋まり立ち上がろうともがいていた。その間をヨルツヘルムの歩兵たちが軽快に移動し、斧を振り下ろして次々と留めを刺した。様々な形の剣や盾、そしてソブールの旗が雨に打たれ、血に染まり、踏みにじられて泥の中に沈んでいった。
雑草を刈り取るよりも早く、進軍を進めていたヨルツヘルムだが、ソブールの都目前に進軍が止まった。
丘の上に築かれた砦の城壁から見下ろすように直立する‘竜(ドラゴン)’の姿を確認したからだ。
「一体のドラゴンは、一万の騎兵に匹敵する」
ヨルツヘルムは陣を整え、圧倒的な威圧感を放つ銀色の鱗を持つ‘竜’の出方を伺った。
だが、‘竜’は一向に動き出す気配はないまま、二度目の夜が訪れた。
ヨルツヘルム軍は、夜明けを待ち、進軍を再開を決定した。

「出て行かれるのですか?」
「ああ」
少年の質問に、旅装束を整えた男は、そっけなく答えた。
石造りの砦は、夜になると闇に支配されていた。
蝋燭の明かりが、かろうじて粗末な部屋を照らす。
荷物と呼べる物はほとんどない。使い古された椅子とテーブル以外は、壁にかけられたソブールの国旗ぐらいだ。
「理由が分るか?」
「いいえ」
少年の声に、男はやれやれ、といった風に首を振った。
それにあわせて、分厚い筋肉で覆われた体を覆う幾重にも巻かれた鎖と鋼の板金が、揺れた。

「理由は二つだ。一つは俺の仕事はもう終わった。俺はジェラルドとかいう、あの気障ったらしい親衛隊騎士から、お前さんを『雷竜 フェルデガルド』の元に届けるよう依頼を受けた」
「フェルデガルドはこの砦にあります」
「その通りだ。つまりあの辛気臭い洞窟を抜けて、俺たちがこの砦に着いた夕方の時点で、俺の仕事は終了という事になる」
「ですが、先程この砦の騎士隊長が、あなたにこの砦で傭兵として働いてくれないかと話していました。あなたの‘狂戦士’としての腕を見込んで。違いますか、セルゲン殿?」
少年の問いに、セルゲンと呼ばれた巨漢は大仰に頷いた。
剥き出しの鋼を思わせる二の腕に埋め込まれた、無数の‘クリスタル’が、蝋燭の炎を受け、微かに煌く。

「その通りだ」
「ではこの砦に留まる、新たな理由になるのでは?」
「ならないね」
「何故ですか?」
「その仕事を、俺が受けなかったからだ」
「何故ですか?」
きれいに揃えられた金髪が揺れる程度に首を傾げた少年に、セルゲンは肩を揺すって笑った。
「‘勝てると分っている戦はつまらんが、負けると決まっている戦も平等に価値がない’。そいう事だ」

「ソブールは負けるのですか?」
「そうだ」
「フェルデガルドは‘竜騎士’である私が動かします。‘竜’がいても、ソブールは負けるのですか?」
「そうだ」
少年の青い瞳は、自分の倍以上の身長差であるセルゲンを見つめたままだ。

「理由が知りたいか?」
「お願いします」
「確かに‘竜’は‘巨神’と並んで、‘戦場の法律’というべき存在だ。
だが、ヨルツヘルムは先の‘ダラス砦攻略戦’で名をあげた、‘竜殺し アスタール’を招聘した。
まだ若いが既に3体の‘竜’を仕留めている‘竜殺し’だ。
‘竜騎士’とはいえ修道院で大半を過ごしていたお前さんが勝てる相手じゃない」

それにな、とセルゲンは分厚い胸板のうちで呟く。
お前さんは、捨石なんだよ。
ソブールの象徴である雷竜を動かる唯一の存在が先王の血を引くお前だけ、というのは皮肉だが、だからこそ王都の連中はお前さんがミッドガルドに討たれるのを待っている。
『雷竜は動かない』
細工がしてあるかなら。
都の連中は、ミッドガルドを裏切り、ヨルツヘルムへ‘雷竜の首という特大の手土産’持参での投降をするつもりなのさ。

俺は忠告してやったんだ。
勝てないと分ったら、とっとと逃げ出せばいい。
ただし、俺には迷惑かけるなよ。
分かるよな?

「分りました」
少年は深く頷いた。
「そりゃ、よかったな」
薄ら笑いとともにセルゲンは答えた。
「それだけなら、あなたがこの砦から出て行く理由にはなりません」
「ああ?」
「あなたはまだ、私との約束を果たしていないからです」
「約束?」
「旅立ちの朝、セルゲンは私が弱音を吐かずに洞窟を抜けることができたら、十年前に現れた‘戦乙女 ニルス’の話を聞かせてくれる、と約束しました。
その約束、まだ果たされてはいません」
「したか、そんな約束?」
「しました。」
少年は頷いた。
「約束は守らなくとはなりません」

一瞬、このまま出て行こうと視線を扉へと這わせたが、先程からの少年の視線が、まだ自分を捕らえていることに気付た。
その視線が、遠い記憶を呼び起こす。
‘鮮烈’にして‘勇猛’である戦乙女でありながら、‘可憐’にして‘無垢’である少女と過ごした遠い記憶。

気が付くと舌打ちと供にテーブルの上に腰を降ろしていた。
セルゲンの巨体、その身にまとう鎧、そして背中に背負った革袋と重戦斧の重みで、テーブルが軋んだ悲鳴を上げた。
 


セルゲン=狂戦士=サムライ
少年=竜騎士=ヨロイ乗り
のイメージで。

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