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Main Story Ⅱ-12

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第二章 第十二節『矢車菊色の天使』


繊細な硝子細工が崩れたような音がした。
呆然と立ちすくむ男や澪達を尻目に、ステンドグラスのような羽根を広げたジルコンは薄く笑みを浮かべた。
「久しぶり。おはよう、サファイア」
祭壇に安置されていた大粒のサファイアを覆うように人影が浮かび始める。



幾重にも細い金細工で飾られた細い足首。
細くしなやかな腰と足首まで覆う幾重もの薄布は、一枚一枚に濃淡の差がある青。
大きく肩の開いたゆったりした青い布地の間からのぞく、白く細い腕にも細い金細工が飾られている。
細い首筋の先に見える耳は先が少し尖っている。耳たぶを飾る金と青い石の耳飾りや、手足の飾りが巻き上がる風で涼やかに鳴る。
舞い上がる髪は、絹糸のように細く艶やかな青。真ん中で分けた前髪の付け根には一際美しく輝くスター・サファイア。
すっきりと通った鼻筋。薄い笑みを浮かべた小さい唇は淡い桜色。
ゆっくりと開かれた長い睫毛の下から見えるのは、宝石よりも強い光を帯びた深淵の蒼。
背中に畳まれていた純白の翼がゆっくりと開かれる。羽毛のような柔らかい質感の翼がその細身の身体を包む。
覚醒を表すように再び翼が勢いよく開かれると神殿のくすんだ青い壁や柱、床、天井にいたるまで元の艶やかさを取り戻す。
隙間無く組み合わされていた石の間から、涸れていた水が流れ出ていた。



ドーム状になった天井を伝って、壁の石積みの隙間から、石畳の間から、柱の飾りから、大地を潤す恵みの水が静かに穏やかにあふれ出す。
壁際に沿って作られた細い水路に小さな流れが出来る。久方ぶりに聞いた水の流れる音の間から、どこか金属質な小さく響き渡る音がする。
涼やかに流れる音と雫が紡ぐ音を遮らないように、小声で澪が呟く。
「……水琴窟だ」
水音のように涼やかな女性の声がした。

「おはようございます、ジルコン。――本当にお久しぶりです」
サファイアと呼ばれた石精霊が、その姿に相応しい天使のような微笑を浮かべる。
そして音をたてることもなく、優雅に地面へと降り立った。ふわりと空気が波紋を描く。
誰一人動けぬ中で、ジルコンが親しげな笑みを浮かべながらゆっくりと近づいていった。
「ほんとに。なかなか答えてくれないから心配したよ」
「神殿に入ってきてからの気配は感じられてはいたのですが……お答えできなくてすみません」
涼やかな音色を背景に穏やかに会話を交わす二人の精霊。それを呆けたように見ていた精霊使いの男がふいに口角を上げて顔を歪めた。



「素晴らしい! 予想以上だ……」
震える声が厳かな空気を壊す耳障りな音、それを呟いた男に視線が集まる。サファイアが形の良い眉を顰め、ジルコンが大げさに首をすくめた。
男はそれに構わず、歪んだ笑みを浮かべたまま痩せた掌を二人の精霊へと向けた。
「今までのゴミ共など比べ物にもならん力だ、それも二匹も!」
恍惚とした目で男がジルコンとサファイアを凝視する。ルギネス達が剣を構えるが、男は他の人間など目に入っていないようにそのまま朗々と宣言する。
「我が元へ下れ石精霊! 私が存分に有効利用してやろう!」
向けられた掌に熱量が集まり、その皮膚に光が文様のように浮かび上がる。その光を視界に入れた二人の石精霊は一瞬不快気に顔を歪めたが、すぐに普段の表情へと戻った。薄ら笑いを浮かべていた男が表情を硬くする。ジルコンがにっこりと微笑んだ。男とジルコンの視線がぶつかりあい、ジルコンからの威圧感が強くなったかと思った瞬間男の掌の先からばちんと何かが弾ける様な音が聞こえた。男の掌からは光が消えうせ、全体からうっすらと血が滲んでいる。
「君じゃ無理だよ。本当はわかってるんじゃない? 分不相応だって」
「黙れ!」
激昂して叫ぶ男を特に諌めるでもなくジルコンが飄々と続ける。



「声は随分威勢がいいけど、さっきからずっと体は震えてるよ?それとも武者震いかな」
そう言われて男がはじめて自らの体の震えに気づいたかのようにはっとする。確かに彼の体は小刻みに震えており、周りから見れば虚勢は一目瞭然であったことに血を上らせた。そんな男にサファイアが怒りと哀れみを含んだ声で静かに語りかけた。
「結界ひとつを解くためだけに数多くの精霊達を犠牲にし、己の主君さえも裏切ろうとしているあなたの元へ、何故下らねばならぬのですか……?」
ぐ、と男が言葉につまる。ルギネスとカサンドラが得心したような表情を浮かべる。意味が理解できない琴菜が隣のルギネスに耳打ちした。
「主君を裏切る?どういうことだ」



「彼らは、ジュデッカ封印の要。臣下である奴がその力を手に入れてしようとする事は……すぐわかるだろう?」
「……成り代わる?」
「そういうことだろうな」
鋭い眼差しを男に向けたままルギネスは呟く。
「彼に与していながら彼を封じ、自ら支配者として立とうとする。その野心には感心するけどさ。連れてきたのが彼の配下の魔物兵で、しかもほとんど壊滅してたんじゃねぇ」
ジルコンが底意地の悪い笑みを浮かべて男を見る。
「ま、たかが小物一小隊じゃ歯牙にもかけてもらえないかな」
男の顔色が変わる。仕草だけでサファイアの精霊石を持ってくるよう澪に示すと二人の石精霊はルギネス達の背後に立つ。
「彼のことです。どのような反応を返してくるかは私たちにもわかりません。私は彼の結界を崩した彼らと共に参りますが、どうぞご自愛を」
哀れみを含んだサファイアの言葉に憤りからか小刻みに震えていた男の肩が大きく震え、顔から血の気が引いていく。
「あー、さっきの結界ってやっぱり彼のだったんだよね?」
「えぇ、お返事も出来ませんでしたし。でも私自身に大きな危害はありませんでしたから」
「じゃぁ、君が何をしたかは手に取るようにわかるね。気をつけてねv」
にこやかに言ってジルコンは何か言いたげなルギネス達を出口へと促す。
恐る恐る祭壇の青玉を手にした澪と不思議そうな顔をした春日があとに続く。
完全に戦意を喪失した男を尚警戒しながらあとに続こうとした琴菜が、涼やかな水音に紛れた鈍い物音に気付き天井を仰いだ。